過去の心理学者・臨床家・研究者の人物像や提唱された内容から今に学べることは多くあります。

ここでは知能理論のルーツの一人であるアルフレッド・ビネーと「ビネーシモン式知能検査」「田中ビネー知能検査法」について書いていきたいと思います。

アルフレッド・ビネーについて


アルフレッド・ビネー

アルフレッド・ビネー(フランス語:Alfred Binet)は1857年フランスのニースで生まれた、IQを用いた知能検査を開発したことで有名な心理学者です。

医者家系の両親を持ちますが離婚により、若くしてパリへと移住し、ソルボンヌ大学にて法学と科学を学び、医学の学位を取得する準備を行います。

しかし自分の本当の関心は心理学にあることに気づき、1883年にジャン=マルタン・シャルコーの援助でサルペトリエール病院の職を得て、7年以上にわたり共同研究を行います。

催眠療法と生体磁気説を提唱するシャルコーと催眠は暗示の効果による心理現象であるという反対派のナンシー学派の対立に巻き込まれ、職を辞することになります。※ナンシー派の正当性が国際学会において証明され、催眠療法から精神分析に至る流れとなります。

結婚後、2人の子供(娘さん)に恵まれ、その頃から知能や学習への関心が強くなります。

1891年にソルボンヌ大学の心理学実験室の副局長に就き、テオドール・シモンとともに知能検査の開発に着手する。

1899年には教育研究の新しい組織「ラ・ソシエテ・リブル・プール・レチュード・プシコロジーク・ドゥ・ランファン(児童の心理学的研究のための自由組織)」のグループリーダーとなる。

1905年に「ビネー・シモン知能尺度」を発表し、1908年に改定し、惜しまれながら1911年に亡くなりました。

主著には、

1903年「知能の実験的研究」
1905年「こころと脳」
1911年「知能の発達を計測する方法」

があります。

ビネー・シモン式知能検査


チャールズ・ダーウィンの進化論の発表は、知能が遺伝的な影響に固定されているのか?環境によって変化しうるのか?という論争に発展していきます。

フランシス・ゴルトンは、ロンドンにて大規模な認知能力テストを行い、ヴントが知能分布(IQ)を用いて客観的に心的能力を計測する考え方を提起し、アメリカのジェイムズ・キャッテルは心的能力の差異を計測する研究を行います。

これらが土台や背景となり、ビネーもまた人間の知能研究を行います。

二人の娘達の新しい情報を吸収するスピードと容易さは、その情報にいかに関心があるかによって変化する、ということに気づきます。

教師や教育機関にとって有益な論文や情報を公刊し、義務教育化の時代背景もあって、幼児の学習能力を評価する方法を考案するように求められていきます。

そして前述したシモンとの共同研究により、「ビネー・シモン式知能検査」を開発するに至ります。

当時の検査内容は、異なった年齢の子供達の平均的能力を反映した課題を用いて少しずつ難易度を上げていくテストを30の課題を行います。

・凝視や光線を目で追う
・基本的な会話を通して検査を行う
・身体の部位を答える
・次々に示される二桁の数を暗唱する
・基本的な単語を定義や説明してもらう
・対象物の違いを説明する
・7桁のランダムな数字の暗唱
・3つの同じ韻の言葉を探す
・何が起こっているか推測する力を試す

などの課題を用いて検査を行なっています。

1908年の改定により30個の課題が57個に増え、

  • 発達が遅れているもの
  • 発達がゆっくりしているもの
  • 正常なもの
  • 正常よりも3年から4年進んだもの

の4種類に分類しています。

ここから明らかになったのは、

・子供はすぐに注意散漫になり、集中力が能力を発揮するに重要な役割を果たす
・子供の知的課題を遂行する能力や精神年齢レベルは測れるが、限界もある
・あくまでその時点での能力やレベルであること
・知能は量的に一定していない
・知能が変化すると「判断力」も変化する
・知能は各人の生涯にわたって変化していくもの

としています。

アメリカとビネー・シモン式知能検査

1908年にアメリカの心理学者ヘンリー・H・ゴダードがビネーシモン式知能検査を翻訳し、アメリカ中の学校のテストで用います。

ビネーは知能を遺伝的要因に帰すことを慎重に考えていましたが、ゴダードは遺伝的に決定すると思い込んでしまいます。

今では考えられませんが、この検査が知能の低い人たちに不妊を強制する手段として利用されてしまいます。

※この頃は偏った見方をする優生学が正当化されて使われてしまいます。

1916年には、アメリカ人心理学者ルイス・テルマン(ターマン)が精神年齢と生活年齢との比較による知能指数を図る「スタンフォード・ビネー検査法」として修正を加え、知能に応じてクラスを再編成し、仕事と能力を重視した教育に用いられました。

彼もまた知能はどれほど教育を行っても変わることはないと思い込んでしまっていたようです。

田中ビネー知能検査法


東京帝国大学精神医学教室の三宅鉱一によってビネー検査法が日本ではじめて紹介され、ビネー法とチーエン(Ziehen) の精神検査法を参考として25個の問題からなる尺度を作成します。

その後、久保良英がビネー式知能検査を日本の風習にあわせた形で導入することを目的として、5歳~15歳までの問題を各年齢5問ずつ合計40問を作成しています。

鈴木治太郎は16000人の被験者による「鈴木ビネー尺度」を発表し、修正を重ね「鈴木ビネー検査」が評価され、広く活用されていきます。

しかし1956年以降改定が行われていません。

そして現在、一般的に用いられるのが「田中ビネー知能検査法」です。

田中寛一は世界中の子供達の言語や心身を調査し、その影響を受けない図形や数字を用いる集団式の知能検査を開発します。

1937 年版スタンフォード改定案を参考にしながら、問題数は120問作成されました。

彼の死後も改定と修正が行われ、最新版は2005年に発表された「田中ビネー知能検査V(ファイブ)」です。

検査対象は2歳から成人まで行うことができ、年齢によって問題が構成されているため、発達レベルとの比較がわかりやすくなっています。

検査としては、被検査者の精神的・身体的負担が少なく、多角的な総合検査を行うことができます。

精神年齢(MA)と生活年齢(CA)の比較によって知能指数(IQ)として算出されるように作成されており、「思考」「言語」「記憶」「数量」「知覚」などの問題構成がされています。

※各年齢級で1つでも間違いがあれば、下の年齢級の問題を解き、全問正解する年齢級までの問題を行います。

なお14歳以上は精神年齢の特定ではなく、知能領域が「結晶性」「流動性」「記憶」「論理推理」の4分野に分けられ、得意不得意が分析的に測定できるようになっています。

人間は一人一人が特殊なのだ


これはビネーが語った名言として今でも残り、伝えられている一節です。

調べれば調べるほど、テストを行えば行うほど、人の多様性や特殊性に気づいていったビネーならではの言葉のように感じます。

そしてビネーの検査法の重要な目的は「一人一人の子どもの個性に合わせた教育」の実現することです。

その目的は現代まで受け継がれ、多様性を尊重できる社会の実現へと動き出しています。

参考文献

田中ビネー知能検査開発の歴史 中村 淳子・大川 一郎

心理学大図鑑 キャサリン・コーリンほか

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