過去の心理学者・臨床家・研究者の人物像や提唱された内容から今に学べることは多くあります。

ここでは心理学の哲学的ルーツの一人であるエミール・クレペリンと「早発性痴呆と躁うつ病」「生物学的還元主義」「内田クレペリン検査」について書いていきたいと思います。

エミール・クレペリンについて


エミール・クレペリン

エミール・クレペリン(Emil Kraepelin)は1856年に北ドイツで生まれたドイツの精神科医であり、現代の精神医学の創始者とも評されています。

博士号を取得後、ベルンハルト・グッデンのもとで研修医として働きますが、目が悪く、うまく観察ができませんでした。

ヴィルヘルム・ヴントが実験室を設けたことを知り、研究を熱望し、ともに心理的研究を行います。

27歳の若さで精神医学の概論を発表し、論文という形ではなく「精神医学の教科書」を生涯にわたって改訂し続け、現代の精神医学の発展に寄与しました。

現代の「精神障害の診断と統計マニュアル」(DSM)まで続く影響を与えることになります。

さまざまな大学で教授を歴任し、弟子にはアルツハイマー型認知症として知られる疾患を報告したアロイス・アルツハイマーやレビー小体型認知症の名称のもとになったフレデリック・レビーなどがいます。

早発性痴呆と躁うつ病


クレペリンは混沌としていた原因不明の精神病を「早発性痴呆」と「躁うつ病」に分類しました。

早発性痴呆(Dementia Praecox)とは、支離滅裂な妄想の拡大による人格の崩壊をひきおこす進行性精神障害としてクレペリンが提唱し、遅発性の痴呆と区別されます。

「早発性痴呆」はのちの精神分裂病(スキゾフレニア)、統合失調症という精神医学用語に至ります。

クレペリンは早発性痴呆を「心的パーソナリティの内的連結の特異な解体を共通の特徴とする一連の臨床的状態」の成立であると書いております。

後年の痴呆の四分類には、

・単純型痴呆・・・動作の緩慢化と自閉症状が特徴的
・妄想型痴呆・・・怯えや被害妄想が特徴的
・破瓜型(はかがた)痴呆・・・場違いな感情的言動と会話の脈略の欠如が特徴的
・緊張型痴呆・・・動作や表情が乏しくなったり緊張による動作や堅苦しさが特徴的

があります。

クレペリンの分類は今でも統合失調症の診断の土台になっています。

躁うつ病は、今日の双極性障害へと繋がっていきます。

当時の精神医学の世界では人を蔑むような言葉(例:狂った)が診断名に使われていたところを考えるとモラルや人権につながる貢献もしています。

クレペリンの生物学的還元主義


20世紀初頭の精神医学界では、精神疾患の原因を生物学的として身体的な治療を行うクレペリン派の「生物学的還元主義」と心理的原因を重視して心理的治療を行うフロイト派の「精神分析教条主義」の二つが中心でした。

要するに身体の問題だから体の治療を行うべきという主張と心理的な問題であるから心理的な治療を行うべきとする向きであり、それが極端に全てがそうであると考える主張を「教条主義」と言います。

1950年代のアメリカでは精神分析教条主義が優勢でしたが、1970年代以降はクレペリンの生物学的一派(ネオ・クレペリン派)が復権し、精神分析的要素を排除したDSM–3の出版に至ります。(その後もこの二つの主義の対立は長く続きます)

その後は、全ての病気は複数の要素「生物–心理–社会モデル」からなる折衷主義、それを批判しながら複数の独立した治療方法が必要であると考える多元主義、脳と心の神経可塑性を重要視した統合主義などに発展していきます。

現在では、

・生物学的な身体的治療
・心理的な身体治療
・社会的な取り組みや改善

がそれぞれに重要であり、チーム医療や連携などの重要性が高まっています。

内田クレペリン検査


クレペリンが発見した「作業曲線」を元に日本の内田勇三郎が開発したのが「内田クレペリン検査」です。

採用試験や学校での教育指導、医療現場での診断などで年間約70万人が受けています。

作業曲線とは、単純な作業を連続して行い、時間の経過に応じて作業量が増減する曲線的あるいは折れ線的なパターンのことです。

この作業曲線には大きな個人差があり、その人の精神的・心理的特徴と関係することを見いだしました。

単純な作業とは、一桁の足し算の和の合計の下一桁をひたすら回答するもので15分行い、5分休憩後後半の15分行うものです。

評価は、

・能力的特徴–知能の評価
・性格や行動の特徴–パーソナリティなど心理的な評価

の2つがあり、内田クレペリン検査では知能検査と性格検査を行うことができます。

この検査の欠点として、検査対策が事前に行われてしまったり、その日の体調や頭の回転などの状態により回答に大きな誤差が生まれやすくなるとの指摘もあります。

クレペリンと作業興奮


クレペリンが発見したもののなかで一般の人向けによく活用されるのが「作業興奮」です。※クレペリン自身はこの言葉を用いていないようで諸説あります。

「作業興奮」とは、やる気がない状態であっても一度行動を始めるとやる気が出て、行動を継続できるようになる心理現象のことを指します。

メカニズムとしては、作業を行うことで脳の側坐核が刺激され、ドーパミンが分泌され、やる気が出るという状態が続いていくという流れになります。

やる気が起きない時にやる気を起こさせることに労力をかけるよりも「やってみる」ということで次第にやる気が生まれてきます。

こういう時は心理的側面より行動的側面を重視することで双方の状態を良くしていくことができます。

参考文献

精神医学における生物・心理・社会モデルの今後の展望について 中前貴
心理学大図鑑 キャサリン・コーリンほか著

記事監修
公認心理師 白石

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