発達障害を持つお子さんの支援や療育の技法として「ペアレント・トレーニング」というものがあります。
この技法は、発達障害やグレーゾーンの方が受けられることが多いですが、どのお子さんにとっても子育てで重要なエッセンスが詰まっています。
その基本となっているオペラント条件付けやABAはエビデンスも多く、海外では非常に有用な技法であることが証明されてきています。
それらをベースとした「ペアレント・トレーニング」についてできるだけわかりやすく説明していきたいと思います。
少しでもお役に立てられれば幸いです。
もくじ
ペアレント・トレーニングとは何か?
ペアレント・トレーニング (英語:Parent training、略名:PT)とは、知的障害や自閉症、攻撃的行動を持つ子供のご家族を対象に1960年代アメリカのハンス・ミラー博士によって開発されました。
今では療育のトレーニングとして有名ですが、攻撃的で破壊的な行動をしてしまう子供たちのその振る舞いを減らし、養育者の精神的負担を改善する事などからスタートしたようです。
そういったアメリカの研究から否定的で不適切なしつけや決まりごと、養育などは子供の素行問題が早く生じやすく、否定的な行動を強化しやすいこともわかってきました。
ペアレント・トレーニングの基本的な精神には「親(養育者)は子供にとって最良の治療者である」という考え方があり、子供を対象とするトレーニングとは異なり、親や養育者に対してのトレーニングを行っていくのが特徴です。
その子供にとって最も接点がある親(養育者)がその子の特徴を踏まえた関わり方や環境の設定をしてあげることはそのお子さんの成長にとって何よりも有益になります。
現在の日本では、攻撃的・破壊的行動を行ってしまう子供さん以外にも知的障害や発達障害のお子さんの親・養育者、ご家族、支援者などを対象に活用されています。
では次にもう少し専門的にペアレント・トレーニングについて説明していきたいと思います。
このトレーニングは、アメリカの行動分析学の創始者とされているバラス・スキナーの「オペラント条件づけ」や「応用行動分析(ABA)」などのモデルをベースにしています。
オペラント条件づけ
オペラント条件づけとは、ねずみがブザーを押すと餌が出てくること学習し、押して報酬を得る頻度と速度が早まるようなことを表します。
特定の状況下で自発的または道具を使って行った行動に対して、報酬または罰を与えることにより、その行動を起こす頻度を強化したり、弱化したりする学習反応のことを指します。
※「好子」とは欲している嬉しい刺激で、「嫌子」とは避けたい嫌な刺激のことです。
上の図を少しわかりやすく説明すると、
正の強化は、嬉しいこと(好子)が行動後の結果にあって行動が強化(増える)ことです。
正の弱化は、嫌なこと(嫌子)が行動後の結果にあって行動が弱化(減る)ことです。
負の強化は、嫌なこと(嫌子)が行動後の結果に無くなって行動が強化(増える)ことです。
負の弱化は、嬉しいこと(好子)が行動後の結果に無くなって行動が減ることです。
なんだかややこしく感じるのはおそらく「正」と「負」の日本語的なイメージで考えると「正=嬉しいこと、負=嫌いなこと」として勝手に認識してしまうことにあるのではないかと思います。
「正」=出現(上のアンダーラインのあっての部分)、「負」=消失(上のアンダーラインの無くなっての部分)という意味ですので、「出現による強化」とか、「消失による弱化」と言ったほうが分かりやすような気がしますが。。。
ペアレント・トレーニングでは、特に「正の強化」を用いることが多く、子供さんが目標とする適応的な行動をおこなったら褒める・抱きしめるなどの報酬を与えることによりその行動が強化していくように行っていきます。
もっと言えば親(養育者)がその目標行動に注目するという点も非常に重要です。
ついついできていないところに注目がいきやすく、その注目を引くために問題行動を起こしていることも少なくないからです。
また問題となっている不適応な行動をとった時に、親(養育者)がイライラする、怒る、否定的なしつけをするなどの反応でより不適応な行動が行われている場合は、その親(養育者)の反応を変えていくことも重要です。
注目しない、反応しない、答えない、手伝わない(必要に応じて助ける)、選択肢を出して選ばせる、ヒントを出すなどの反応に変えて、できたらすぐに褒めるといったテクニックが用いられます。
応用行動分析(ABA)
応用行動分析(ABA)とは、 オペラント条件づけの理論に基づき、行動に着目し、行動分析を行うことで問題の解決や改善に活用していく心理技法です。
簡単に言うと「やりたいことをやれるようにするため」の心理学の技法です。
その中核にある「ABC分析」では、
①先行事象(Antecedent)=どんな時に(環境や欲求含む)?どんなきっかけで?
②行動(Behavior)=どんな行動をして?
③結果(Consequence)=どんな結果になった?
意外に自分でも気付かなかった事柄、特に「きっかけ」や「心情」が出てくることも多く、客観的に行動と結果を見つめるのに役に立ちます。
その分析からどこにアプローチすることが良いのかが見えてきます。
そのお子さんにとって達成しやすい目標をスモールステップ化(シェイピング技法)設定をし、行い易いところから始め、少しずつ目標を引き上げ(漸次的接近法)、目標達成したらすぐに報酬や賛辞を与え、挫折した時は、戻ったり、目標を引き下げたり、再設定をします。
また行動連鎖(チェイニング)という技法では、
●逆行連鎖化・逆行性チェイニング(最後の手順やステップだけ本人が行う)
●順行連鎖化・順行性チェイニング(最初から教わりながら一つずつ本人が行う)
●総課題提示法(最初から最後まで本人が行う)
●行動連鎖中断法(行動連鎖の中で目標行動を成立させるために中断状況を設定する)
といった方法を用います。
望ましい行動を行えたときにあらかじめ報酬(トークン:代替通貨)を決めて獲得できるように「強化」していく方法もよく用いられます。
プロンプト・フェイディングという技法では、目標行動がとれるように「ヒント」や「手助け」などの刺激(プロンプト)を与えていきます。
身体、視覚、言語、モデリングなどさまざまな領域から刺激を与えていき行動学習が獲得されたら、本人がその行動を自発的に行えるようにあえて刺激を与えず(出ない場合は補助する)獲得を定着化させる「時間遅延法」を用いていきます。
なかなか目標行動を取れない場合、取り組む行動を決め、守らなければ罰則を規定し、契約する「行動契約」という方法をとることもあります。
ペナルティが弱いと契約が弱まりやすいことも多くあり、不快な刺激であればあるほどその契約は強固になっていきます。(本人の同意はもちろんあってできます)
口約束にならないように契約書を作成することで真剣に向き合っていくことができます。
行動を3つに分ける
ペアレント・トレーニングでは、お子さんの行動を以下の3つに分けていきます。
①良い行動(適応的行動)
②良くない行動(不適応行動)
③絶対ダメな行動(危険行動)
挨拶ができた、お手伝いをしてくれた、できないことができるようになったなどの「良い行動」では、褒めることが大切になります。
「褒める」と一言で言ってもいろいろな方法があります。
- 注目する
- スキンシップをしながら褒める
- 目を合わせて微笑みながら褒める
- 短い言葉でわかりやすく褒める
- 感謝する
- 励ます
- すぐに褒める・途中経過でも褒める(状況・個性により異なる)
- 肯定的でポジティブな雰囲気で締めくくる
- 子供の欲しい褒め方の実践
騒ぐ、グズる、キレる、すぐに人のせいにする、ついつい○○してしまう、片付けないなどの一般的な「良くない行動」では、
- 注目しない
- 反応しない
- 答えない(必要に応じてヒントを出す)
- 感情的にならない工夫(負の連鎖の断ち切り)
- 手伝わない(必要に応じて助ける)
- 選択肢を出して選ばせる
- ヒントを出すなどの反応に変えて
- よくなる理由を話し合う
- その難しさを共感的理解する
- できたらすぐに褒める
- その行動を起こしてしまう要因に対処し、環境を再設定する
といったテクニックや反応ができるように練習していきます。
問題の行動を行い、親(養育者)が否定的なしつけを行うことで「どちらかが勝利するまで戦ってしまうモード」が負の連鎖として起き易いこともすぐにできなくても理解されておくと良いでしょう。
簡単ではないことも多いので、無理をしないで少しずつ小さなステップを踏みながら練習していくことが大切です。
ペアレントトレーニングの実践者からその困難さの共感的理解を得たり、同じ悩みを持つ方との接点などにより気持ちが癒され、精神的負荷が改善されることでそのトレーニングの進み具合に良い影響を与えることもできるでしょう。
ペアレントトレーニングでは、いろいろな考え方もありますが、あまり肩肘張って頑張るというよりは、できたことに注目しながら小さなステップを自分たちのペースでゆっくり進み、時に苦しみ、そしてできる時には楽しみながらも進んでいくような「ゆるさ」も大切にされます。
暴力や非暴力などで人を深く傷つけるようなことや事故につながるような「絶対ダメな危険行動」では、
- 警告・ペナルティー・罰の設定をする
- 刺激を取り去って静かな環境で子供を一人にするタイムアウト(年齢+1分)
- 冷静になって話し合う
- なぜダメなのかを説明する
- その気持ちは理解してあげるが、行動はダメであることを伝える
- その行動を起こしてしまう要因に対処し、環境を再設定する
などの方法が用いられます。
これらを家庭や家族だけで実践するだけでなく、学校、支援施設など様々な関連先と連携しながら複合的におこなっていくことでより良い実践へと向かっていくことができます。
肯定的注目と否定的注目の重要性
子供さんは親(養育者)から注目されたいですし、注目してほしいものです。
親(養育者)の立場や状況に構わず、注目という愛情を欲します。
そのためいつもお子さんに注目することは難しく、できる限りという妥当な注目になってしまうものですが、多くの場合、お子さん側はそれを理解するだけの心の成長や推論する発達がその地点では難しい場合があります。
そのため少しずつ親のことも理解しながら自分の欲求に割り切りをつけていくことが成長につながりますが、年齢によっては難しいものになります。
いつも「良い行動」をとってくれれば良いのでしょうが、実際は「良くない行動」をとることも多くあります。
その理由はシンプルに「簡単に楽に注目をしてくれるから」と言われています。
適応的で良い行動はなかなか難易度として難しいこともあり、良くない行動を取る方が楽に、簡単に注目が得られるものになっていることが多くあります。
そういったことから良くない行動が増えやすいこともありますが、他の要因もあったりすることもあります。
- 親(養育者)以外のストレスや心理負荷の無意識的発散(表現化)
- 親(養育者)への言語で言えないことを行動で表現する
- 他の兄弟などへの注目や愛情を自分に向かわせたい
- 自分をもっと注目して欲しい・愛してほしい・理解して欲しい
- なかなかうまくできないことを受け入れて欲しい
- その行動によりその後にメリットがある
などが考えられますが、「行動」に焦点を合わせるこのトレーニングでは心理的要因に深く追究しない場合もあるかもしれません。(しかしABAでは、きっかけやメリットなどをアセスメントで明らかになった場合にはそこにアプローチする)
このペアレント・トレーニングを行っていくためにこの「注目」という考え方をしっかり理解していくことが大切です。
注目には「肯定的注目を与える」と「否定的注目を与える」という2種類があります。
「肯定的注目を与える」とは、親(養育者)が子供に
- 褒める
- 感謝する
- 励ます
- 認める
- 笑顔・微笑む
- 興味や関心を示す
- スキンシップ
- その良い行動に気づいていることを知らせる
といった行動を取ることでポジティブな注目を与えることです。
お子様からすると認められている感覚が得られ、また次もその行動を取ろうとする動機付け、条件付けが行われ、関連していた問題行動が減っていく可能性もあります。
テクニックとして「25%ルール」や「スペシャルタイム」などがあります。
「25%ルール」とは、完璧に課題や目標行動がとれなくても25%くらいできたら褒めていくという方法です。例えばすぐに行動を起こしたが失敗した、うまくできなかったけどすこし出来たというシチュエーションでも褒めていくということです。
「スペシャルタイム」とは、ほかに邪魔の入らない時間を作り、親(養育者)とのふたりっきりの15分ほどの時間を設け、子供さんが好きなことをできるスペシャルな時間を行っていきます。
ここでも問題行動が出れば注目しない、もしくはスペシャルタイムを終了する取り決めを事前に合意したり、好ましい行動には褒めることもしていきます。
「否定的注目を与える」とは、親(養育者)が子供に
- 怒る
- 注意する
- 叱る
- 怒鳴る
- 説教をつく
- ため息をつく
といった行動を行うことでネガティブな注目を与えることです。
「怒らなければ子供はわからないだろう」「叱って注意しなければ変わらないだろう」という伝統教育も間違っていないこともありますが、ペアレント・トレーニングでは、否定的注目を減らし、肯定的注目を増やすことを大切にしています。
ポジティブな注目にはポジティブなお子さんの行動が帰ってきやすいですし、ネガティブな注目にはネガティブな行動が帰ってきやすい特徴があり、どちらもその行動を強化していくものです。
問題行動を行った時は、上述したように注目しない、反応しないといった練習をしていきますが、「冷たくなれ」ということではなく愛情を持って、信頼して理想行動を「待つ」といった姿勢が理想です。
親(養育者)も完璧な人間ではありませんので「無理せず」が基本となりますが、否定的な感情が湧き上がり、ネガティブな注目を与えてしまいそうな状況では、自分と子供の空間を分けて静かな環境で数分待つタイムアウト技法などを用いることも大切です。
また次の方法も有用なのでご紹介します。
否定的注目で困ったら「CCQ」
親(養育者)であろうと純粋に湧き出てくる否定的な感情を扱うのは非常に難しいことも多くあります。
またお子さんが簡単に、すぐに改善行動を行うことも容易ではないため、困難さを感じることもあります。
そういった時に「CCQ」というおまじないのような指針を持っていると役に立つことがあります。
「CCQ」とは、
①Calm:穏やかな気持ちで
②Close:近くで(もう少し近づいて)
③Quiet:静かな声で
の3つを守りながらお子さんに対応するというテクニックです。
感情が落ち着かない時はタイムアウトを設けてからCCQを行っていくとよいでしょう。
子供の注意をこちら側に引きつけて目線を合わせ、具体的で短く指示を与えていくことが大切です。
その時に「○○~しないように」「~はダメ」という否定文ではなく、「○○しようね」「~するといいな」といった肯定文で理解するまで穏やかに繰り返し説明していくと良いとされています。
が、ここでも白黒思考のような0か100か?ではなく、25%できれば褒める、ねぎらうといった報酬を提供していくことが大切です。
お子さんだけでなく、自分にも25%できれば褒めていきましょう。
環境調整
良い行動や良くない行動、危険行動が起きる「きっかけ」や「誘因・要因」にアプローチするのが環境調整です。
良い行動を行いやすくする環境やルール設定、良くない行動や危険行動が起きにくくする環境とルール設定を行っていきます。
例えば、お腹を空いている時に良くない行動が起きている時には、別の時間にその行動を行ったり、兄弟が一緒にいると癇癪が起きるケースでは、空間や場所を分けるなどの環境を整えるなどが考えられます。
どこまで環境要因やきっかけを読み取っていけるかによって環境調整の効力に大きな差を生みますので、分析や観察などのスキルを向上させることも大切になります。
周囲の人やモノ、ルール、スケジュールなどを調整して、そのお子さんにとって良い行動が増え、良くない行動が減ると想定できることをこの「環境調整」で行っていくのです。
仲間が見つかることも重要
現在日本で実践されているペアレント・トレーニングは、
- 医療機関
- 大学の研究機関
- 保健所
- 教育センター
- 発達支援施設
- その訓練を行っている個人開業相談所
などで行われており、対象者は、3~10歳ぐらいまでの発達障害のお子さんやその疑いがあるお子さんを持つ親(養育者)とされています。
プログラムは、1対1の個別方式もあれば、複数人数でグループワークを行っていく方法があります。
プログラムの中で知り合った同じ悩みや困難さをもっている同じ親(養育者)と共感し合えたり、自分だけではなかったんだという安心感を感じたり、仲間という感覚が芽生えることもあります。
そういった人間関係がストレスや心理的負荷の改善と未来へのモチベーションに非常に役立ってくれることも少なくありません。
ただ人間関係によってストレスを感じることもあるのでその境界線も重要になることもあるかもしれません。
実際のペアレントトレーニングの手順や内容について厚生労働省が支援者用に詳しく説明したマニュアルがありますのでそちらも参考文献に載せておきますので興味がある方はご覧下さい。
3つのペアレント・トレーニングの種類
1960年代から始まったペアレント・トレーニングですが、我が国においては1990年代から活用され始め、今では3種類のペアレント・トレーニングが活用されています。
その成り立ちや活動、目的や特徴などを厚労省の資料から引用して紹介します。
おわりに
ペアレント・トレーニングについて書いていきましたが、いかがでしたでしょうか?
療育や子育てなど子供さんに関係なく、会社や介護の世界など様々なシーンで活用できることも多いのではないでしょうか。
ペアレントトレーニングやオペラント条件づけ、応用行動分析(ABA)などを勉強していると本当に不思議な人間のメカニズムを学んでいると感じます。
とてもシンプルなのですが、意外と出来ていない、奥が深いものですね。
少しでもご覧頂いている方の参考になれば幸いです。
最後までお読みいただき、有難うございます。
参考文献
この資料は2ページしかないものですが、視覚的にも非常にわかりやすくおすすめです。
「子供たちに肯定的な注目を」日本肢体不自由児協会心身障害児総合医療療育センター
厚生労働省の支援者用資料PDF「ペアレント・トレーニング支援者用マニュアル」
厚生労働省の一般用資料「ペアレント・トレーニング実践ガイドブック」作成:一般社団法人 日本発達障害ネットワーク JDDnet 事業委員会、協力:日本ペアレント・トレーニング研究会
記事監修
公認心理師 白石
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