ストレスにより発現する「吐き気(嘔気・悪心)」やそれらの症状から生まれる「ストレス」に対してのカウンセリングと心理療法の可能性について説明していきます。
吐き気(嘔気)は非常に苦しい症状であり、嘔吐恐怖症や嘔吐が苦手な方にとってはどうにもならない強烈な怖さを含みます。
もくじ
吐き気(嘔気・悪心)とは?
嘔気(おうき)とは、吐き気のことであり、今にも嘔吐しそうな不快な感覚などを意味しています。
似たような言葉に悪心(おしん)があります。
「吐き気」「嘔気」「悪心」(以下「吐き気」)には、
- 吐きそうな気分
- 胸のむかつき
- 切迫した不快感
- 逆流症状
- 顔面蒼白
- 吐き出したい気分
- 脱力感
- めまい
- 顔色が悪くなる
- 冷や汗
- 徐脈・頻脈
- 血圧低下
- 唾液分泌亢進
- 食欲不振
などのような症状が伴います。
吐き気や嘔吐は延髄にある「嘔吐中枢」によって制御されています。
嘔吐中枢になんらかの刺激が送られると吐き気や嘔吐を誘発する仕組みがあります。
嘔吐中枢が刺激される⇒胃の出口が塞がる⇒食道と胃が緩む⇒横隔膜やおなかの筋肉が緩む⇒腹圧上昇⇒吐き気を感じる⇒場合によって嘔吐
といったメカニズムがあります。
その刺激とは、
- 中枢性によるもの
- 反射性によるもの
- 脳幹の受容器によるもの
があります。
中枢性による吐き気は、脳の病気や「ストレスなどの心因性」によって起こります。
反射性による吐き気は、異物を吐き出す場合や消化器などの内臓の異常や病気から起こります。
脳幹の受容器による吐き気は、薬物や毒物、過度なアルコールの摂取により起こります。
一般的には、食べ過ぎ、飲みすぎ、乗り物酔い、胃腸風邪などによって吐き気が出ることが多いです。
吐き気を起こす疾患もあるため念のため病院やクリニックにて検査を行うことが推奨されます。
吐き気を起こす疾患として以下に紹介します。
分類 | 疾患 |
---|---|
閉塞性消化器疾患 | イレウス、幽門狭窄、便秘 |
非閉塞性消化器疾患 | 急性胃炎、急性胃腸炎、急性膵炎、消化管穿孔、急性胆嚢炎 |
感染症 | 敗血症など |
眼科疾患 | 緑内障など |
耳鼻咽喉疾患 | 良性発作性頭位めまい症、乗り物酔いなど |
心血管疾患 | 急性冠症候群、急性大動脈解離など |
神経疾患 | 脳血管障害、髄膜炎、頭蓋内圧亢進症など |
代謝内分泌疾患 | 尿毒症、糖尿病性ケトアシドーシス、アルコール性ケトアシドーシス |
泌尿器疾患 | 腎炎 |
産科疾患 | 妊娠性悪阻 |
薬物 | ジゴキシン、テオフィリン、カルバマゼピン、抗コリン作用 |
中毒 | きのこ中毒 |
アレルギー疾患 | 消化管アレルギーやアナフィラキシー |
精神疾患 | 拒食症、過食症など |
上図 引用:吐き気『ウィキペディア(Wikipedia)』
ストレスによる吐き気
ストレスによって起こる吐き気は、検査を行っても物理的な異状が見つからない場合が多い傾向があります。
そのため心因性嘔吐症(神経性嘔吐)と診断されることがあります。
心因性嘔吐症(神経性嘔吐)とは、身体的な異常がなく、ストレスが誘引となって吐き気をもよおしたり、嘔吐したりする症状です。
ほかにも
- 自律神経失調症
- 心身症
- 身体症状症(旧:身体表現性障害)
- 機能性ディスペプシア
などの病名として診断される場合があります。
まだ医学的に明らかになっていないことも多い「ストレス性の吐き気」ですが、
- 持続的ストレスによるもの
- 強烈な精神的ショックによるもの
- 緊張によるもの
- 悩みの蓄積による限界
- 恐れによるもの
など様々なストレスや心理的影響を受けて発現します。
ストレスがなくなることにより軽減・寛解していくことも多いですが、ストレスがなくなっても吐き気に悩まされる場合も少なくありません。
※ストレスがなくなっても吐き気が出る場合、後述する5つのモデルなどが関係している可能性があります。
下の図は、ストレスによって発現する症状や病気の一例です。
原因や作用機序などまだわかっていないところが多い前提でどのようなメカニズムによって「ストレス性の吐き気」が起きてしまうのかを考察していきます。
自律神経失調モデル
一般的によく説明されているのがこの「自律神経失調モデル」です。
精神的ストレスによって自律神経のバランスが失調し、胃腸の調子が悪くなり、迷走神経や嘔吐中枢への刺激が誘発されてしまうことから「吐き気」が発現してしまいます。
自律神経が整ってくると回復していく「吐き気」がこのモデルに該当すると思われます。
ストレスや囚われがなくなることによって改善しやすい傾向が有るように思います。
感覚過敏モデル
胃腸風邪やストレスなどによって吐き気や嘔吐をくり返し、吐き気や嘔吐に関係している神経などが過敏になってしまうことにより発現してしまうモデルです。
その背景には、トラウマや恐怖条件付けなどが関連している可能性があります。
過敏性が穏やかになり本来の鈍感性を取り戻すことにより変容するタイプの「吐き気」がこのモデルに該当すると思われます。
学習-シナプス(脳神経)可塑性モデル
脳神経やシナプスは、くり返し長期にわたって使用することによりその神経(シナプス)を強化したり、新たな神経を形成する可塑性(かそせい)という仕組みがあります。
吐き気につながる条件付け学習などによってこのように神経の形成や強化が行われ、発現してしまうモデルです。
長期的に原因不明の「吐き気」に悩まされている場合、このアプローチが経験的に功を奏すことが多くありました。(エビデンスレベルは個人レベルですので低いです)
既存の学習を強化しないようにすることを基本として、消去する、新たな学習で再構築することによって改善するタイプの「吐き気」がこのモデルに該当すると思われます。
恐怖・不安モデル
恐怖や不安が強ければ自律神経も乱れやすく、感覚を研ぎ澄まして身構える必要があるため「過敏」になりやすくなる傾向が有るように思います。
「嘔吐恐怖症」という病気は、強烈な嘔吐への恐怖から吐き気に悩まされる方が多い病態があります。
吐き気がでるだけでも恐怖であったり、不安感が強くなりますので自律神経が乱れやすく長期化してしまう傾向があります。
恐怖や不安に対してアプローチを行い、それら感情が軽減すると改善がみられる「吐き気」がこのモデルに該当します。
身体化モデル
抑圧された衝動や葛藤、不安、ストレスなどが様々な身体症状となって表れる適応・防衛機制のことを「身体化」といいます。
人間には欲求が満たされない場合や心理的苦痛から自我を適応させたり、守るための働きがあります。
そのことを心理学では「適応機制」とか「防衛機制」といいます。
身体化は以下のようにさまざまな捉え方ができます。
- 抑圧された衝動や葛藤、不安、ストレスの身体化
- 相手にストレスを抱えていることを示すための身体化
- 助けて欲しいという抑圧を表現する身体化
- もう限界なのに限界と思えない自分に対しての身体化
- 休む必要があるのに休まないことによる訴えとしての身体化
などのように自分や周囲の状況によってこのような捉え方が役に立つことがあります。
個人による差異
上記のような5つのモデルが単体もしくは複雑に絡み合って発現している可能性があります。
ストレス性の吐き気や嘔吐恐怖に対するカウンセリングと心理療法を多く行ってきた経験から考察を行いました。
人それぞれ気になるところや背景などが異なっており、一概にひとくくりにできないような傾向があるように感じます。
ストレス・コーピング
コーピング(英語:coping)とは、問題に対処する・切り抜けるという意味のcopeに由来する言葉で、ストレスに対処するために行われる個人の認知的および行動上の努力のことをいいます。
コーピングには以下のような種類があります。
①ストレッサーに対するコーピング・・・ストレスの原因となっている刺激を避ける。(やめる、離れる、見えなくする)
②認知に対するコーピング・・・考え方や捉え方などの認知を修正・変容する
③反応に対するコーピング・・・感情や身体反応を発散させたり、休ませたり、鎮める、リラックスする
④社会的コーピング・・・相談する、話を聞いてもらう、第三者の手助けを借りる
このようなストレスに対処する力(コーピング能力)も高めていくことでストレスにうまく対応することができるようになります。
人に相談できる人ほどストレスコーピング高いと言われています
ストレス性の吐き気に対するコーピング
まず多くの方が悩まれているのが「なぜこのような症状が続くのか?」という疑問と焦り、不安、恐怖感情です。
病院で検査をしてもわからず、どのように治していけば良いかわからず、ネットで検索する日々に苦しんでいることが多いようです。
なにか大きな病気ではないか?実は隠れた病気があるのでは?と病気不安(心気症)傾向になりやすくなります。
そういった中で上記の5つのモデルを知ることで少し安堵される方がいます。
ストレス性の吐き気に対するコーピングとして
①ストレスの原因になっているものに気づき、離れる、影響を受けないようにする(実際は慎重に検討したほうが良い)
②ストレスを感じやすくしてしまう自分の捉え方や解釈などを修正していく
③リラックス状態をできるだけ作って体に学習させる
④ストレスや悩みを聞いてもらえる人に相談する、無我夢中になるものを探す
などができることとしてあります。
②はカウンセリングや心理療法で行うことが多いですが、個人的に行えるものでもあります。
あくまで傾向ですが、「自分でも気づいていない強い怒りや持続的な憤りなどの抑圧があるタイプ」と「強烈な落ち込みがあるタイプ」が多かったように感じました。
症状のストレスに加えて、なかなか治らない「もどかしさ」も持続的なストレスとしてご本人を苦しめます。
そういったところも当たり前にせず、ケアしてあげていくことが大切です。
「ストレスによる吐き気」に対するカウンセリングと心理療法
ストレスによる吐き気、心因性嘔吐、嘔吐恐怖症も踏まえてカウンセリングと心理療法について説明していきます。
※医師による診断と治療がある場合はそちらを優先してください。なお併用して行う場合、医師にその旨を相談し、許可を得た上で行ってください。
まずはどのような現状があって、どのような流れで現状になってきたかを知る必要があります。
長期にわたる場合、心が疲弊していることもあり、まずはそのような心的負担を軽減させるように温かく受容的な態度でカウンセリングを行っていきます。
そのなかで癒されるものもあれば、そうでないものもあります。
何がその方にとって重要か?先ほどの5つのモデルなどを基本としてみていくと、その方の重要なポイントが見えてきます。
- 自律神経
- 過敏性や癖
- 学習-シナプス(脳神経)可塑性
- トラウマ・恐怖・不安・緊張
- 身体化
そういったポイントにアプローチをしながら気持ちも体も軽くなるように進めていきます。
時にクライエントの人生のドラマティックな情動がテーマとして上がってくる場合もあれば、淡々と学習を繰り返していくような流れになることもあります。
このような症状の場合、「安心感」が重要になってくることが多く、そのような配慮をしていく必要があります。
一刻も早く治したい、改善したい、解放されたいというお気持ちを重々理解した上で申しますと、焦りが禁物になります。
ゆっくり地道に気長に改善しようという意識になることで精神が落ち着き、自律神経にも良好な影響がもたらされるのか、焦って行うよりも長期的に結果が良いように思います。
少しずつでも改善が見られてくると安心感が生まれ、希望を感じられるようになります。
おわりに
いかがだったでしょうか?
ストレス性の吐き気に対する学術的資料が少ないため、多くの情報を臨床相談経験からの考察として紹介していく形となりました。
「原因不明」「ストレスでしょ」といった曖昧な状態から一歩でも何かしらの理解につながればと思います。
この症状で悩まされている方にとって少しでもお役に立てれば幸いです。
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記事監修
公認心理師 白石
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