「基本的信頼感」という言葉を聞いたことはありますでしょうか?
よっぽど心理学の学術的な勉強をしていないと聞かないような言葉ですが、知っていると役に立つこともありますのでここでご紹介したいと思います。
その前にこの「基本的信頼感」の概念や発達理論を提唱したエリク・エリクソンと心理社会発達理論について書いていきたいと思います。
もくじ
エリク・エリクソンと心理社会的発達理論
エリク・ホーンブルガー・エリクソン(Erik Homburger Erikson)は1902年ドイツのフランクフルトのデンマーク系ユダヤ人家庭に生まれます。
小さい頃から差別に遭い、父親がわからない状態で育つなどさまざまな不遇の境遇が後の心理学への研究の大きな影響となったようです。
自身のアイデンティティの問題に悩まされることが多かったようですが、そのこともあって「アイデンティティ」という言葉をエリクソンが概念化し、世界中に広まっていったと言われています。
再婚した義理の父が医師であったため医学の勉強を勧められるものの反抗して芸術を学び、若い頃は放浪画家としてイタリアなど各地へ旅をしていたようです。
アンナ・フロイトの弟子となり、ウィーン精神分析研究所の分析家の資格を取得しますが、ナチスの政権掌握によりアメリカへ亡命します。
大学の学位を持たずして発達心理学者となり、イェール大学やハーヴァード大学などで教壇に立ちます。
プライベートでは、カナダ人舞踏家のジョアン・セルソンと結婚し、ボストンに移住し、その街ではじめての児童精神分析医となります。
エリクソンは人間の一生を8つの段階に分けた「心理社会的発達理論」を提唱しています。
第一段階の生後は、欲求が満たされないでいると不信感が発達しやすくなってしまいます。ここが今回のテーマである「基本的信頼感」が関係するところです。
第二段階の18ヶ月から2歳までは、恥じらいや疑惑の感情に直面することが増え、意志の問題が発達しやすくなります。
第三段階の3~6歳までは、目的を持つために積極性や罪悪感に直面し、懲罰によっては恐怖症や罪悪感を強く覚える時期です。
第四段階の6~12歳は、学習が増え、勤勉性と劣等感を感じやすく、想像力が減少したり、活発でなくなってしまうような発達が行われてしまう可能性のある時期です。
第五段階の13~17歳では、自分が誰なのか、何をしていきたいのかという自我を確立していこうとする時期であり、後に後述する「アイデンティティ・クライシス」が起き易い特徴があります。
第六段階の18~30歳は、親密な人間関係や愛を学ぶ時期であり、孤独を感じ、引きこもりになってしまう可能性がある時期です。
第七段階の35~60歳では、仕事を通じて社会に貢献していく時期であり、中年期の危機が起こりやすいことでも知られています。
最後の第八段階の60歳以降では、人生への回顧や身体的不調、死への直面などを感じやすく、絶望や孤独を感じやすくなる時期です。
これら8つの段階を経て、精神的に健全な心理状態を作ることができますが、失敗によって心理的不調が付きまとい、非常に苦労が多い人生になることもあります。
※下に引用した表を記載していますが、時期と段階は同じですが年齢に若干の違いがあります。後年の研究者や作家がこのモデルを参照して年齢を変えて発展させた提言を多くしています。
年齢 | 時期 | 導かれる要素 | 心理的課題 | 主な関係性 | 存在しうる質問 | 例 | 関連する精神病理 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
生後- | 乳児期 | 希望 | 基本的信頼 vs. 不信 | 母親 | 世界を信じることは出来るか? | 授乳 | 精神病、嗜癖、うつ病 |
18ヵ月- | 幼児前期 | 意思 | 自律性 vs. 恥、疑惑 | 両親 | 私は私でよいのか? | トイレトレーニング、更衣の自律 | 妄想症、強迫症、衝動性 |
3歳- | 幼児後期 | 目的 | 積極性 vs. 罪悪感 | 家族 | 動き、移動し、行為を行ってよいか? | 探検、道具の使用、芸術表現 | 変換症、恐怖症、心身症、制止 |
5歳- | 学童期 | 有能感 | 勤勉性 vs. 劣等感 | 地域、学校 | 人々とものの存在する世界で自己成就できるか? | 学校、スポーツ | 創造的制止、不活発 |
13 歳- | 青年期 (思春期) | 忠誠心 | 同一性 vs. 同一性の拡散 | 仲間、ロールモデル | 私は誰か? 誰でいられるか? | 社会的関係 | 非行、性同一性障害、境界性精神病性病態 |
20–39 歳 | 成人期 | 愛 | 親密性 vs. 孤独 | 友だち、パートナー | 愛することが出来るか? | 恋愛関係 | スキゾイドパーソナリティ障害、引きこもり |
40–64 歳 | 壮年期 | 世話 | 生殖 vs. 自己吸収 | 家族、同僚 | 私は自分の人生をあてにできるか? | 仕事、親の立場 | 中年期危機、早熟性虚弱 |
65歳 – | 老年期 | 賢さ・英知 | 自己統合 vs. 絶望 | 人類 | 私は私でいてよかったか? | 人生の反響 | 極度の孤立、絶望 |
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 エリク・H・エリクソン
このように8つの時期に分類する中で最も最初に心理的課題となるのが「基本的信頼vs不信」というテーマであり、この時期にこのテーマを健全に満たせるのであれば、希望が持て、他者や自分を信頼することができる、もっと言えば「この世界を信じることができる」というとても大切な抽象的概念を得ることができるということです。
逆にこの時期に満たされない場合、信頼することや信じることを不信に感じ、他者や自分を信じることができない、この世界が信頼できないといった世界観を作りやすくなるということでもあります。
ただここで注意が必要なのは、この考え方がすべて正しいというわけではないということです。
心理学研究の歴史から見ても、いろいろな考察や見解が提示されて、批判的に新たな考察や見解がでながら発展してきていることが多くあります。
この時期に満たす、満たせないといったところの影響もあるとは思いますが、この時期だけに影響しているとは限りません。
例えばこの時期に満たされているお子様がいたとして、その後家族の不幸があって不遇の時代を長く過ごせば、不信感は高まります。
また最新の研究でも「遺伝性」のものも影響が多くあると推測されます。
また不信感の強い両親がその不信感を基にした教育を行うことで不信感が子に伝達されていくといったこともあるでしょう。
しかしながら人生を通してこの「基本的信頼感」を高めていくことはその人の人生にとって非常に大きな意味と生きやすさにつながりやすいことが多いと思います。
たとえ幼少期に満たされなかったものがあっても考え方に気付き、調整できる「認知能力」を持っている私たちにできることは多くあります。
そういった考えも含めて「基本的信頼感」について書いていきたいと思います。
「基本的信頼感」とは何か?
基本的信頼感とは、
・他者を信頼する
・自分を信頼する
といった基本的な信頼感を表し、エリクソンが提唱した概念です。
乳幼児のころは母親を中心に家族に見守られ、安心できる状態を通して他者や生まれた世界を信頼できるようになります。
この時期に見守ってくれるはずの家族や環境に安心感がなければ、その信頼感は育ちにくく、信頼できないため不信感が強くなり、信じることができない心が育つと考えられました。
2歳くらいまでは多くは母乳やあやしなど触れ合うことやスキンシップが大切となり、安心できる家族の状態を作ることが大切になります。
特に大変な時期になりますので家族以外の助け(おじいちゃん、おばあちゃん、親戚)や社会的サポートサービスなども利用できるものはすべて利用するとよいでしょう。
与えることが難しい場合は、こどもが「見捨てられるかもしれない。。。」と思わないような養育を心がけるだけでも十分だと思います。
もしその時期以外にできることとして挙げるならば、
①そのお子さんをより信頼してあげること
②自信を持たせてあげること(良いところに目を向け、少しでも出来たら褒める)
③お子さんの失敗を成長の足掛かりだと肯定的にとらえてあげる
④お子さんの落ち込み癖や立ち直りのポイントを見抜いて、対処法に導入する
⑤自分(親)自体の信頼感を向上させていくことで子も学ぶ
⑥困って自分で対処できなくなったときは援助ができることを伝える
⑦お子さんが支えられていると感じるような状態を作る
⑧お子さんにとって頼りにできる人を増やす
⑨親と離れても大丈夫だと思える精神をつくる
などが考えられます。
これを完璧主義的にすべて制覇することは無理かもしれませんが、少しでもできることをやっていくことで少しでも信頼感が高まれば良いというスタンスのほうが現実的です。
基本的信頼感が高ければ、アクティブに動きやすく、積極性も高まります。
またその行動から自信や自己肯定感、自己効力感(自分はできると思える力)も高まりやすくなります。
逆に言えば、落ち込みにくくなり、抑うつ(うつ)にもなりにくくなります。
また他者を味方や友達のように感じやすく、敵意識が低くなるため、人間関係のコミュニケーションも円滑になりやすく、人生の豊かさや幸福度にも関係していきます。
基本的信頼感とライフイベント
多くのカウンセリングを行ってきて基本的信頼感が人生のライフイベントによって大きな影響を受けるように感じます。
- 今まで幸せで楽しかったのにあの一件以来、人を信用できなくなった
- あんなに心を閉ざしていたのにあの人と会ってから明るく友達も増えて幸せだ
- あのショックから自分の人生は変わった
- あの出来事から自分の人生はまるで人が変わったかのように変化した
といったことはある程度は経験していないでしょうか?
遺伝性や教育、幼児期の満たされ方などで得られた「基本的信頼感」を持って人生を歩んでいきます。
そしてそのベースの信頼感が強くなったり、弱くなったりする出来事に遭遇します。
大きな変化が起きた場合は、まるで人が違うかのように思ってしまうくらいこの「基本的信頼感」は重要なものなのかもしれません。
そこで悩み、苦しみ、その不幸が続く場合もあれば、その苦悩に意味を見出し、自分の力に変えることもできます。
虐待された犬が保護されたときは、人間に対して怯えています。
新しい保護者のもとで愛情深く再び育てられると人間に対しての恐怖心が大幅に減り、人なつっこい犬になったりします。
人間もその機能が備わっておりますが、知性が飛躍的に向上した分、単純に変化できないことも多くあります。
こんな時は「基本的信頼感」が弱まってる?
- 自分を出せない・意見が言えないことが強すぎる(障害特性以外で)
- 安心できない・不安や恐怖が強い
- 自分より人に合わせすぎる(過適応)
- 人がいるとリラックスできない(ひどい場合は緊張する)
- 顔色をうかがいすぎる
- 限界を超えて頑張りすぎる(罰や恐怖の回避や逃避をもとにしたもの)
- 敵を必要以上に感じやすい(敵を作りやすい)
- 「どうぜ~」という思いや言葉が多い
- 人を好きになれない・人に気持ちが向かない(障害特性以外で)
- 良い子やいい人を演じやすい(特性や悩んでない場合以外)
- 不信感が強い、信じられない気持ちが強い
このような状態で困っている場合、「基本的信頼感」が弱っている可能性があるかもしれません。(個性や特性として受け入れられている場合は問題ないかもしれません)
あまり日本人は得意じゃないエリアかもしれないので、多くの人が該当するかもしれません。
それは文化的影響と遺伝的影響、養育環境、ライフイベントの影響もあるので自分の責任ではないことも多くあります。
記事監修
公認心理師 白石
「皆様のお役に立つ情報を提供していきたいと思っています」