過去の心理学者・臨床家・研究者の人物像や提唱された内容から今に学べることは多くあります。
ここではジャック・ラカンと「無意識と他者」について書いていきたいと思います。
ジャック・ラカンについて
ジャック=マリー=エミール・ラカン(Jacques-Marie-Émile Lacan)は1901年パリのブルジョワ階級の家に生まれました。
大学で精神神経学を学び、精神医学の学位を取得し、パリ警察の精神監察医クレランボーのもとで学んでいきます。
犯罪心理学やフロイトの精神分析学に興味を持ち、1932年に博士号を取得します。
第二次世界大戦中には、占領下のパリのヴァル・ド・グラース陸軍病院に勤務します。
戦後は精神分析を研究の中心に据えていき、1953年にパリ精神分析学会会長に選ばれますが、亀裂が生じた結果5ヶ月で解任されてしまいます。
ラカンはダニエル・ラガーシュらと「フランス精神分析学会」を創立し、1964年には「パリ・フロイト派」を立ち上げました。
1981年に「フロイトの大義派」を創立し、亡くなるまでに多くのセミネール(セミナー・講義)を開き、ラカン独自の概念とその理論を発表しました。
主著には、
1966年「エクリ」
1968年「自己の言語」
1954〜80年「ゼミネール」(全27巻)
没後弟子によるラカンの編集「精神分析の4つの基本概念」
などがあります。
ラカンは新フロイト派や自我心理学に反対し、精神分析の構造主義を発展させた精神分析家です。
死後も精神分析のラカン派(大義派)として活動、派閥に分かれて発展していきました。
ラカンのセッションは「短時間セッション」と呼ばれ、非常に短い時間で行われる特徴がありましたが、その危険性について批判されることも多かったようです。
またその理論の難解さや理論の偏りなどについても指摘されることが多くあったようです。
しかしながら彼が云う「無意識は他者の言説だ」という観点など有用な見解を残しています。
無意識と他者
1807年ごろドイツの哲学者ゲオルク・ヘーゲルは「自己意識は他者の存在に依存している」と主張しました。
この当時の無意識の見解はさまざまでしたが、多くの学者の見解が一致するところは、自分の意識よりもはるかに大きな面積を占めているのが無意識だという点です。
その中でラカンは「無意識はひとつの言語として構造化される」と提唱し、「無意識は自分の言説であるどころか他者の言説に他ならない」という独自の見解を発表しました。
私たちは言語を使わなければ、考えることもできません。私たちは長い歴史の中で作り上げられてきた他者の言説を用い、それが自分の無意識の多くを占めているということです。
なぜなら他者の経験を通して自分自身を定義し、また定義し直していくからです。
要するに他者の言語(言説)を介して世界を理解し、思想に影響を与えます。
自分と他人を分けているようで相互に深く影響し合う世界に生きていることに気づかせられる見解です。
※ラカンの概念「現実界・象徴界・想像界」や「鏡像段階」なども説明しようと思ったのですが、より複雑で難解になるため割愛しました。
「人間の欲望は他者の欲望である」という言葉も名言として残っています。
※私個人として拡張しすぎた見解だと感じますが、その影響は計り知れないことは確かで、一考の余地があるよに感じます。
のちにフランスの哲学者ジャン=ポール・サルトルは「知覚は、別の人間の出現とともに変容し、その人間の他者概念を自分自身の他者概念のうちに溶かし込む」と主張しました。
参考文献
心理学大図鑑 キャサリン・コーリンほか
記事監修
公認心理師 白石
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