「嫌われるのが怖い」「嫌われていないか気になる」「嫌われているのではないかと思ってしまう」といった苦痛や悩みで困ってしまうことがあります。

「嫌われる怖さ」について様々な角度から理解が得られるように説明し、カウンセリングの有用性についても解説していきます。

「嫌われるのが怖い」とはどのようなことか?


「嫌われることが好きだ」という方は特殊な場合は除き、ほとんどの方が持ち合わせていないものだと思います。

多くの場合、嫌われることはあまり好まれません。

嫌われることは不快で苦痛を伴いますが、「怖さ」に関しては人によって異なります。

嫌われる経験をしていない方や身近にそのようなことがない方は、「嫌われる」という発想がでにくくなるため、自分との関連付けがなされないことから「怖さ」も生じません。

なかなかこのような状況は少ないかもしれませんが、嫌われる経験をしたり、そのような現場を見たりすることで「嫌われる怖さ」がでることがあります

「嫌われる怖さ」と一言で言っても人によってさまざまな場面を想起させ、何が恐怖の対象になるかも異なります。

「理由がわからないけど嫌われるのが怖い」
「いじめられるのが怖い」
「陰口や悪口を言われるのが怖い」
「周りに波及して嫌う人が多くなるのが怖い」
「今までの関係がなくなるのが怖い」
「一人ぼっちになるのが怖い」
「孤立していると思われるのが怖い」
「あの寂しさと切なさが怖い」
「誰も助けてくれない感じが怖い」
「あの冷たさが怖い」
「自分が苦しむのが怖い」
「立ち直れないかもしれなくて怖い」
「仕事や学業、コミュニティーがうまくいかなくなるから怖い」
「嫌われて評価が落ちるのが怖い」
「嫌われる自分をもうみたくなくて怖い」
「好きな人だから嫌われたくない」
「精神的ショックが強くて怖い」
「またあのような経験をしたくなくて怖い」
「自分もそうなるんじゃないかと怖くなってしまう」

などのような気持ちになり、嫌われるのが怖くなってしまいます。

嫌われる怖さは、

  • まれに出るレベルの怖さ
  • 一時的に出るレベルの怖さ
  • ある場所に行くと感じてしまうレベルの怖さ
  • ある人と会うと感じてしまうレベルの怖さ
  • その場にいなくても不安や恐怖が出るレベル
  • 不安や恐怖に囚われて苦しい毎日になっているレベル
  • 体に症状が出るほど苦しいレベルの恐怖
  • 対人恐怖になっているレベル
  • 家から出れなくなるレベル
  • もう無理だと自殺したくなるレベル

などさまざまな恐怖の強さや持続性(慢性度合い)があります。

恐怖が強ければ強いほど、持続性が長ければ長いほどこころとからだの負荷は強く長くなってしまいます。

誰かに相談したり、助けて欲しくても嫌われている自分を知られたくない為に相談や助けを求めることができない状況になっている場合もよく起こります。

このような状況が続くと、自分の中で一人ぼっちで孤独に戦い、疲弊してしまうことも多く、深刻な状況になることもありますのでそのような場合は、まず当カウンセリングや公的機関の専門ダイヤルなど自分の存在を知らない第三者に話してみることが大切です。(勇気がいりますが)

また自分のプライドがあって、相談されないケースもあり、周囲の方が気づきにくい、触れにくい場合もあります。

このような場合も非常に難しいですが、自分の中のプライドもうまく扱いながら、今回は例外として「相談する」「話す」素晴らしさを体感する絶好の機会として捉えて、当然の権利として活用されることを推奨しております。

ストレスコーピングは、ストレスに対処する能力を表します。コーピング能力が高い人ほど、人に相談できるということをご存知でしょうか?

人生は自立すると一人で歩むものですが、一人では本当の意味では歩めません。社会自体、人と人が協力し合って形成されていますし、自分が求めれば助けてくれる人や理解してくれる人は必ずいます。

もし周囲に助けてくれる人や理解してくれる人がいなかった場合、「みんなどうせ助けてくれない」「どうせ理解してくれない」と悲観的に思ってしまいます。

そのような二重苦で苦しまれたら、そのように思ってしまうものですが、必ず探せば適切な相談者がいるはずです。

嫌われる経験をあまりしていない方には、嫌われる苦痛やそのあとの精神的負担、不安そして恐怖はなかなか理解できません。

すぐに乗り越えた人には、なかなか乗り越えられない人の気持ちがなかなかわかりません。

人それぞれもっている身体的・性格的特徴や家族のサポート、経験、意識の使い方、個性が異なります。

そういった違いも理解やサポートに隔たりがでてしまう理由として挙げられます。

現在まで多くのカウンセリングを行っていましたが、さまざまな悩みの理由を追っていくと行き着くのが「嫌われる怖さ」であったりすることがたくさんありました

それくらい悩みの本質的な問題になりえるということです。

嫌われるのが怖いと人の目を気にするレベルがその怖さに応じて強くなります。

人の目を気にしないようにしても「嫌われる怖さ」があれば気にならないようにすることは難しくなります。

顔色を伺ったり、自分らしくなれなかったり、気を使いすぎたりすることも同様です。

このようにさまざまな問題や悩みに発展しやすい「嫌われる怖さ」ですが、なぜ人間はこんなにも嫌われることに苦痛を感じ、怖がってしまうのでしょうか?

生物学的な視点から考える「嫌われる恐怖」


わたしたちは個人として存在していても個人一人でのみで生活はできません。絶えず誰か他者との関係で存在しています。ですので個人といっても社会的個人といったほうが意味が近いかもしれません。

動物も群れをつくりますが、人間は群れ(コミュニティーや家族)以外に高度な社会を形成しています。※近年社会性を持つことが知られるようになった動物や昆虫も明らかになってきています。

人間は太古の家族的な集団よりも群れることで役割が分担でき、協力することで一人ではできないことができるようになりました。

そして現在まで生き残ることができています。

群れることから社会を形成して生き残りに成功してきた人間にとって、群れや集団は私たちが思っている以上に大切でした。

持続的にひとりになることや仲間がいない状況、心が通じ合わない状況が続くことが危機的状況であった時代も歴史的に長くありました。

そのため「嫌われる怖さ」は一種の危険アラームのように感情や気持ちとして出ているのかもしれません。

群れ(コミュニティー)に所属している他者から嫌われることは生命の維持や種の保存の観点から非常に危険なことであり、「恐怖」の対象として認識している可能性があります

自分自身の気持ちでそうなっている可能性もありますが、からだに備わっている自己防衛本能が稼働してしまっていることが大きな要因として挙げられるかもしれません。

学校や職場、主婦や趣味のコミュニティー、友人関係など嫌われても他にもコミュニティーはたくさんあり、心的苦痛はあるものの命の危険とまではいかないことが多いかもしれません。

しかし命の危険と感じるかのような危機感と恐怖が襲って来るのは、自己防衛本能が太古の昔から地道に判断してきた危険ラインを人類の進化のスピードに合わせてすぐさま変更することが容易ではないからかもしれません。

ようするに身体が太古の昔と同じような反応を今でも出している可能性があるかもしれないということです。

遺伝子レベルでその反応が強いか弱いか、どの程度で危険と察知するかは人によって異なるかもしれません。

先祖がどのような経験をし、どのようなことを得意とするか、苦手とするか、強さや弱さ、成功体験やトラウマがあるかは私たちが知る由はありません。

生まれて受け継いできた遺伝子を受け入れることしかできませんが、自分の体験や意識の持ち方や方向性、捉え方、乗り越えることを行いながら遺伝子も徐々に変化して、次につなげていくことができます。

嫌われる恐怖反応が強い遺伝子でも地道に行動的な努力し、専門的な心理的アプローチを行っていけば道は開かれていきます。

それには当人の意志が必要になります。

嫌われる怖さを強めてしまう要因


誰でも嫌われたくありませんが、そこを気にしてしまう時には何があるのでしょうか?そしてその怖さのレベルが強い時にはどのような要因が関係しているでしょうか?

ここでは嫌われる怖さを強めてしまう要因について考察していきます。

遺伝的影響

性格の遺伝は概ね50%ぐらいとされており、残りは生まれてからその後の後天的な環境によって影響されていると一般的に言われています。(30%~50%と考えられていることもあります)

「嫌われる怖さ」の性格的特徴が遺伝によって特徴付けられていることもあるということです。

遺伝だから仕方ないと全てをあきらめる必要はなく、遺伝子のスイッチがONになったり、OFFになったりする働きがあることが分かっています。

大人になっている方はわかると思いますが、昔よく諦めていた苦手なことが今ではできるようになっているものはないでしょうか?

そういったスイッチによるものや環境によって成長・学習・馴化(慣れ)によって私たちは「嫌われる怖さ」を少なくすることができます。

ただ遺伝についてはまだわからないことも多く、どこまで乗り越えることができて、どこまでが限界なのかははっきりわかっていません。

心の向かう方向性

何か嫌な不快な出来事が人間関係で起きた時に

・相手に直接言う
・喧嘩になってもいいから伝える
・味方をつけて本人に伝える
・誰かに聞いてもらう
・家族などに相談する
・なかったことにする
・自分の中で処理する
・相手に言えなくて悩んでしまう
・自分が悪いんだと捉えてしまう

といったように心が向かう方向性が人によって異なります。

相手に言うということは「嫌われる」覚悟が多少なりに必要です。そんな覚悟がいらない場合もありますが、相手を注意するということは本来誰でも持っている権利です。

しかしそれができない、する勇気がない、伝えるのが不安や恐怖である場合、誰かに相談するか、自分の中で処理することしかできません。

相手に本心を言えなかったり、注意できなかったり、自分のせいにしてしまうと自己批判から自分の自信を失ってしまったり、「嫌われる怖さ」を強めてしまいます。

馴染めない

集団になかなか馴染めず、合わせようと頑張っているときにも「嫌われる怖さ」がでることがあります。

集団に溶け込みたいのに溶け込めない場合、人の顔色を伺ったりすることに気を取られ、なかなか話題についていけない、自分らしさを出せないということが起きます。

そういったことが増えてくるとなかなか馴染めず嫌な思いをすることもあります。

いじめや悪口、疎外されるのが怖い

いじめや陰口、悪口など疎外感や孤立感を強め、非常に苦しい苦痛を味わうことが怖くなると「嫌われる」ことも連動して怖くなります。

嫌われるとそのような行為に発展してしまうからです。

人の目を気にしてしまい、頭がそのことでいっぱいになってしまうこともあります。

好きだから・好かれたいから

自分が好意を感じている対象者がいれば、その人から好かれたいですし、嫌われたくありません。

このような時にも「嫌われる怖さ」を感じ、強くなります。

対人関係を構築する力

他人との対人関係をうまく構築する力があれば仲良くなり、友人や知人に恵まれます。

どの程度の友人がいればいいか、どれくらいのお付き合いをするかは人によって好みもあるのでそれらを除外した上でのコミュニケーション能力のことを意味しています。

場の雰囲気に慣れたり、空気を読んだり、話題に上手く入ったり、話を楽しめるかなどが関係します。

このような経験が少なかったり、気持ちが乗らずうまく構築できない場合も「嫌われる怖さ」を感じてしまうことがあります。

逆に「嫌われる怖さ」があるとそのような能力が上手く発揮されないこともあります。

今までの「嫌われた経験」

今までの「嫌わた経験」や「人が嫌われているのをみる」などによって嫌われる怖さが関係してきます。

嫌われてショックを受けたり、人が嫌われているのをみて怖くなることがあります。

いじめや悪口、陰口、意地悪などの行為によってその怖さは強くなってしまいます。

けなされたり、助けてもらえなかったり、友人の裏切り、ひどい扱いなどによって傷口を深くしてしまい、人間不信になることもあります。

そういった経験をしてしまうことによってトラウマのように予期不安がでたり、回避行動をとりたくなったりしてしまいます。

そのようなことでより孤立してしまうこともあります。

人間の苦しみの中で非常に苦しい出来事です。

そのような場合、職場や学校、家族、親戚、友人の誰でもいいので相談してください。できなければ公的機関やカウンセリングでも助けになります。

一人で抱えず、必ず味方がいますので恥ずかしいと思いすぎず、人で起きた問題は人に話すのが大切です。

理解されない、助けてくれない

周囲に理解されない、助けてくれないという状況があると「嫌われる怖さ」を強めてしまいます。

特に家族に理解されない、助けてくれないといった場合の心的苦痛は測りしれません。

恥ずかしさとプライド

嫌われている自分を知られたくないと恥ずかしくて相談できないことやそんな自分を受け入れたくないとプライドが邪魔になってしまって相談できないということもあります。

一人で乗り越えられそうなものであればいいのですが、人の助けを借りるということも人生を生きる上では大切な能力です。

迷惑ではありません。

恥ずかしさが強い恥ずかしがり屋さんやシャイであればあるほど、恥ずかしさへの怖さが強くなりますので「嫌われる怖さ」も高まってしまいます。

迷惑かけたくない

自分が嫌われていることを知られると親や家族などのこころの負担になると思い、話すことができない場合もあります。

そういった場合、もし自分が逆の立場で親や家族であったら、嫌われている子供や兄弟がいて「迷惑をかけるから相談できない」と思っていたら?と仮定したらどのように思うのかを一度想像してみるといいかもしれません。

脆弱性(もろさ)

脆弱性(ぜいじゃくせい)とは、弱さや脆さ(もろさ)といったこころの側面を意味します。

誰もが何らかの脆弱性を持っているものですが、

・どのような側面で脆弱性を持っているか?
・どれくらいの脆弱性を持っているか?

は人によって異なります。

こういう出来事に弱い、こういうことを言われると脆い(もろい)などの側面が多くなればなるほどストレスも多く、落ち込むことも増えます。

また脆弱性の度合いも強ければ強い分、その落ち込みやストレスも強くなってしまいます。

脆さ(もろさ)や落ち込みやすさが強ければ「嫌われる恐怖」も強くなってしまいます。

遺伝的・個性的に持っている性格的特徴でもありますが、馴化(慣れ)、経験値、捉え方や解釈などの認知的評価、専門的な心理アプローチ等によって変容したり、成長によって強さを獲得することもできます。

ストレス・レジリエンス

レジリエンス(英語:resilience)とは、ストレスなどの外力による歪みを跳ね返す力や正常な平衡状態を維持することができる能力、回復力といった意味で一般的に用いられます。

レジリエンスは、「脆弱性(英語:vulnerability)」の反対の概念で「自発的治癒力」という意味もあります。

レジリエンスがあるからこそ、心理的ホメオスタシス(psychological homeostasis)としてストレッサーに曝露されても心理的な健康状態を維持することができます。

レジリエンスは、

・ストレスに対する「抵抗力」
・ストレスに対する「耐久力」
・ストレスに対する「復元力」
・ストレスに対する「回復力」

といった内容を含みます。

このようなレジリエンス能力を高めることによって、落ち込む機会が減り、嫌われる怖さの度合いも弱めたり、回復が早くなったりします

ストレス・コーピング

ストレスコーピング(英語:stress coping)とは、ストレスに対処する(コーピング)ことを意味する言葉です。

対処能力が高ければ、落ち込みにくくなる、落ち込みが軽減される、落ち込みから回復することが早くなるといった可能性を引き出します。

ようするに嫌われる怖さが軽減されたり、嫌われても回復が早くなります。

上述したようにコーピング能力が高い人ほど「人に相談できる」能力が高いと言われています。

自分だけで乗り越えるのは良いことでもありますが、人に聞いてもらう、相談することも同じくらい大切なことかもしれません。

嫌われることに慣れていない

経験が増えると、慣れる(馴化)ことが増え、次から容易に行うことができる学習のシステムを私たちは持ち合わせています。

自転車や車の運転がわかりやすいですが、最初はいろいろなところを考えながら行わないとうまく動かなかったりしますが、慣れてくると意識せずに運転できるようになります。

ですので嫌われることに慣れる(馴化)ことによって恐怖や苦痛、恥ずかしさの軽減と改善が促されます。(少し意識的な技術が必要です)

嫌われることへの認知的影響

認知とは、物事を知覚した上で判断したり、解釈したりして認識することを指します。

物事をそのまま認識することもあれば、自分の価値観や捉え方などを通して解釈が行われて認識することもあります。

ストレスに対する捉え方や受け止め方である「認知的評価」は経験や脆弱性、レジリエンスにもコーピングにも大きな影響を与えます。

※脆弱性(ぜいじゃくせい)とはもろさや弱さ、レジリエンスとは、ストレスなどへの抵抗性・耐久性・回復性、コーピングはストレスなどの対処する能力を意味しています。

例えば「陰口を言っている人がいる」という状況があったとしましょう。

「自分は価値が低く、人に嫌われる」と認知している場合、「自分を嫌って悪口を言っている」と捉えてしまいます。

その場合、悲しくなったり、恥ずかしくなったり、怒りの感情や落ち込みにつながります。

そのような認知がない場合、「何喋っているんだろう?」といった捉え方や気にすらならないこともあります。

このように当人がどのような認識、考え、解釈、信念をもっているかによって起きている事実の捉え方が変化し、ストレスは大きくも小さくもなりえます。

ですので認知的評価に偏りがあるとストレス反応も偏りの影響を受けるということです。

ストレスを大きくしてしまう認知の偏りには代表的な10パターンがあります。

・全か無かの思考(All-or-nothing)
・過度の一般化(Overgeneralization)
・すべき思考(should statements)
・マイナス化思考(Disqualifying the positive)
・選択的抽象化(selective abstraction)
・心の読み過ぎ(Mind reading)と先読みの誤り(Fortune-telling)
・感情の理由づけ(Emotional reasoning)
・拡大解釈(magnification)と過小解釈(minimization)
・レッテル貼り(labeling)
・個人化(personalization)

また中核信念(コアビリーフ)が認知の偏りや認知的評価に大きな影響を与えることが多くあります。

中核信念(コアビリーフ)とは、①自分自身について、②他者について、③自分をとりまく世界に持っている信念の中でも最も重要な核(コア)になっている信念のことをいいます。

物事に対して何故そう思うのか?という疑問を自己に投げかけた時にその考えや解釈の大元になっている信念ということです。

なぜ嫌われるのが怖い?⇨「自分がなにかオカシイからだ」⇨なぜ?⇨「昔からそうだから」⇨なぜ昔から嫌われる?⇨「周囲がいつもそうだったから」⇨なぜそんなに嫌われると自分に思っていたと思う?⇨「自分はダメな人間だから」「人はいつも嫌なことをしてくる」「人生はわたしにあまりに不条理だから」

というように「自分はダメな人間」という自分自身に対する中核信念や「人はいつも嫌なことをする」という他者に対する中核信念、「人生はわたしにあまりに不条理だ」という取り巻く世界に対する中核信念をみつけることができます。

これらの中核信念自体は悪いものでないこともありますが、その中核信念に否定的情動が強かったり、許せない憎しみなどの感情も強く同期している場合、当人にとってその現象はただの出来事では済まされない心的な苦しみになります。

そういった中核信念に対して、心理的アプローチを行うことで情動の軽減や消失が起こり、最適な中核信念に回帰できるようになります

嫌われる怖さを強めてしまう解釈や信念を見つけることがまずは大切になります。

「嫌われるんじゃないか?」「どうせ嫌われている」といった思い込みや認知をしていると何故か余計に嫌われやすくなったりします

そのような思いが自分の表情や態度で表現されてしまったり、無意識レベルで察知されているのかもしれません。

そういったところも知っていくと良いかもしれません。

「嫌われる怖さ」とカウンセリング


「嫌われる怖さ」への理解がなされるように生物学的な視点から説明していきました。

「嫌われる怖さ」が全くなくなることは危険な側面を持ち合わせます。しかし過剰になると恐怖で苦しんでしまいます。

ある程度の「嫌われる怖さ」があって普通という認識でカウンセリングはスタートしていきます。

ご相談される方(以下クライエント)がどのような「嫌われる怖さ」を持ち、なぜそのようになったか?どのように対処や認知をし、どのような経過をたどるかを改めて明らかにすることが大切です。

全貌を把握しているようで言葉に出して把握する経験はあまりないことも多く、話していくことで気づきが生まれたり、理解が深まったりします。

嫌われる怖さは心理的な苦しみを蓄積させているケースが多く、自己批判や自責を多く内在していることがあります。

そのような場合、その「心的苦しさ」が癒えていくようにカウンセリングを行っていきます。

なぜこんなに苦しく怖いのか?なぜこんなに恥ずかしいのか?といった原因や要因が次々に明らかになっていくと気持ちが軽くなったり、気分も楽になっていきます。

そして何にアプローチするべきか?何にアプローチをしない方が良いかがわかってくると、その気持ちはより改善していきます。

嫌われる怖さは「嫌われるんじゃないか」という不安や人目を気にしてしまう過敏性を伴っていることが多くあります。

なぜそのようになってしまうのか?なぜそれが正常なのか?を知っていくと不思議と気持ちが楽に感覚になることがあります。

自己評価が低ければ、本来あるべき評価へ向かうように丁寧に見ていく必要があります。

そのなかでトラウマのような強烈な体験をしていることもあり、少しずつ向き合っていきます。

少しずつ安全にみていくといろいろな抑圧された気持ちや受け入れ難かった事実が明らかになっていきます。

ひとつずつ絡んだ糸を解きほぐしていくように一歩ずつ進んでいきます。

人間誰もが脆弱性(もろさ)を持っています。

脆弱性の意味や成り立ちを理解していくことで「そういうことだったんだ」という安堵や安心感も生まれやすくなります。

自分が受け入れたくなかったことや受け入れたくない自分に直面していくことは苦痛を伴います。

しかしその苦痛を乗り越え、受け入れが進んでくると、自分が思っていたような世界と異なり、成長を感じられるようになります。

ようするに「弱さを認める強さ」を獲得できたということです。

その状態では自分らしさが少しずつ出せるようになったり、人の目を気にするレベルが変化したり、日常生活に少しずつ変化が起こります。

またこの頃には自分を客観的・俯瞰的にみることもできるようになってくるため「メタ認知能力」も備わっていきます。(※メタ認知とは、客観的に自分や物事を認知・判断できる能力)」

自分の過剰なプライドが不必要になり、至らない自分やダメな自分の受け入れが進んでくると不思議と「嫌われる怖さ」が以前よりも気にならなくなってきます。

しかし「ある程度の嫌われる怖さ」はあるもので、そのあたりは人によって異なります。

その変化した「嫌われる怖さ」をいかに扱うか?以下に対処するか?そのままでいいのか?というテーマでカウンセリングが進んだりします。

人の責任として考えることができず、自分の責任にしすぎているような傾向が強い場合、それらが変化することによって「嫌われる怖さ」も影響を受けます。

また「脆弱性」「レジリエンス」「コーピング」「認知的評価」などを高めるセッションを組み入れることで自分のこころの土台に安定感と強度が増していきます。

このように文字で書くと簡単なように思わせてしまいますが、地道に行いながら地道に成長するといった流れをベースとしています。

嫌われる怖さは馴化(慣れる)ことによって再学習が行われ、「危険性の解除⇒恐怖の感情が減る」といった流れで改善することができます。

そのように馴化するためには、土台をしっかり築き、行動を起こしやすくし、意志もしっかりさせておかなくてはなりません。

特定の人物に怖さを感じる場合、それはなぜなのか?が明確に分かっていくことで変化が生まれます。

その人物を怖がる理由が自分の成長につながっていくこともあります。

そのような地道な努力によってさまざまな心的成長が得られ、現実の世界においてその能力が発揮されていきます。

自分への自信や自己肯定感、自己効力感なども高まりやすくなり、外向的傾向が強くなることもあります。

それくらい「嫌われる怖さ」は私たちが向き合う必要のある重要テーマであると言えます。

「あの時、向き合ってよかったな」と思える機会をたくさん作れるように丁寧にカウンセリングを行っております。

この機会に丁寧に自分と向き合っていきたい方はご連絡ください。

お読みいただきありがとうございます。

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記事監修
公認心理師 白石

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