自分の感情や思考がコントロールできず、困ってしまうことは誰でも経験していると思います。
そんな時にそれらの複雑な精神状態をうまく包括できたり、柔軟に対応できることは多くの方にとって非常に望ましい状態だと思います。
心理の技法は数え切れないほど多くありますが、あるがままに包括する心やその柔軟性を獲得していくことに優れている心理技法「アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)」をここで紹介したいと思います。
もくじ
アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)とは何か?
アクセプタンス&コミットメント・セラピー(英語:acceptance and commitment therapy,以下略名ACT)とは、アメリカの心理学者スティーブン・ヘイズを中心にケリー・ウィルソンやカーク・ストローサルらによって「心の柔軟性(心理的柔軟性)」を向上させる目的で関係フレーム理論やマインドフルネスの考え方をベースに開発されました。
この技法では、苦痛な感情や気分を受け入れて柔軟に包括していく方法をとります。
それを理解するのによく例えられているのは、「バスの乗客と運転手」の例えです。
バスにはいろんな感情や思考を持ったたくさんの乗客が乗っていて、いろいろなことを訴えています。
その状態は自分の心の中と似たような状態であり、バスの運転手(ACTを用いる者)は、その状態をどのように対応するかを決めることができます。
治す、改善させる方向であれば対決したり、なだめると思うのですが、ACT(アクト)では、彼らを受け入れ、あるがままを包括していきます。
このように受け入れること(受容:アクセプタンス)がまず重要であり、いままでコントロールばかりしていた世界から「ただあるがままを受容する」という世界を体験していきます。
しかしコントロールできればそれも良しと柔軟に考えるのも特徴的です。
そして「いまこの瞬間」にフォーカスしていくことも大切にされています。
「いまこの瞬間」に注目しているのは第三世代の認知行動療法の仲間であるマインドフルネス療法やスキーマ療法とも共通しています。
「アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)」のコミットメントという言葉は、約束という意味であり、自分の価値観や目標に沿った行動をしていくことを自分自身と約束していきます。
ここまでの流れをまとめると、
①その状態をあるがままに受容する「アクセプタンス」
②今この瞬間にフォーカス
③自分の価値や目標に沿った行動を行っていく「コミットメント」
の3つを行っていくのがACTと言えます。
思考や感情はコントロールし難いことも多いですが、行動は変えられやすいという観点からセラピーが考えられています。
次にACTの基礎的な理論となっている「関係フレーム理論」について説明していきたいと思います。
関係フレーム理論(RFT)
関係フレーム理論(Relational Frame Theory:略名RFT)とは、私たちがほかの動物とは異なり、思考したり、イメージ(仮想現実)を想像できたり、行動が行えるように関係付けて学習できる仕組みのことです。
その仕組みには、
①一方向の学習しかしてなくしても双方向の理解ができる「相互的内包」
②学習していなくても理解している関係性から派生して新たな理解ができる「複合的相互的内包(複合的内包)」
③ある刺激による感情や反応が他の刺激にも複写される「刺激機能の変換」
があります。
「ごはん」という言葉と実物を例えにして簡単に説明していきたいと思います。
犬に餌を与える前に「ごはん」と言うことを繰り返すと、「ごはん」という言葉に反応し、本物の餌がでてくるかのような振る舞いをします。
これは「ごはん」という言葉と餌が条件付け(専門的には古典的条件づけ)られて学習されていることを表します。
逆に餌を与えた後に「ごはん」と言うことを繰り返しても条件づけが行われず、犬は学習ができないようです。
人間は、本物のごはんを見て「ごはん」という言葉を聞いて学習しただけで、本物のごはん⇒「ごはん」という関係性を結んだだけでなく、「ごはん」という言葉⇒本物のごはん、という関係性も理解してしまいました。
これは相互的に関係付けて理解ができる人間の特殊能力であり、この理論では「相互的内包」といいます。
本物のご飯⇒「ごはん」が本物のご飯⇔「ごはん」という相互的理解になったということです。
その上で「ごはん」という言葉は英語で「food」ということを繰り返しその子に教えたとします。
すると「ごはん」=「food」ということが関係付けて学習されますよね。
ただ人間がすごいのは、「food」=本物のごはんという関係性を教えていないのにも関わらず、それらを派生させて理解してしまうのです。
ようするに「本物のごはん=ごはん=food」という複合的な理解ができるということです。
これを関係フレーム理論では「複合的相互的内包(複合的内包)」といいます。
「food」という言葉で本物のごはんも「ごはん」という日本語も内包して理解しているということです。
私たちにとってこれは当たり前のようにやっていることなのでわざわざ学問で小難しく理論立てしなくてもいいんじゃないか?と思ってしまいますが、人間の行動と心を理解するには実は重要な核になる可能性があります。
ようするに私たちの学習や思考、行動がどのような手順やシステムで動いているかを知る手がかりになるのです。
さて次に本物のごはんを食べると電気ショックが流れるという仮の実験設定を繰り返し行っていくとしましょう。
すると本物のごはんに電気ショックで感じる痛みや苦痛が刺激機能として学習されます。
仮にこの被験者が苦痛に対して恐怖や不安を感じる恐怖条件づけがされたとしましょう。(古典的条件づけ)
すると「ごはん」という言葉や「food」という言葉を聞いただけでも恐怖や不安を感じ、拒否、逃避、回避行動が出やすくなってしまいますよね。
この時「ごはん」と「food」という言葉には電気ショックとそれによって感じる痛みや苦痛を関連付けて学習はしていないはずです。
ということは本物のごはんで関連学習された苦痛や恐怖反応という刺激機能が言葉の「ごはん」「food」の刺激機能にも変換されたということです。
これを「刺激機能の変換」といいます。
直接的に経験しなくても関係性を理解、推測して学習できるということですね。
ちなみにこの変換は、苦痛や恐怖などのネガティブなものだけではありませんので、美味しいご飯を食べて非常に心地よい気分を得られればその料理名を聞くだけでヨダレが出たり、良い気分を感じたりします。
これら3つの機能こそ人間の進化の証であり、私たちがこれほどまでに高度な文明を築き、知的な思考を繰り返すことができているのです。
恣意的に適用可能な関係反応(AARR)
恣意的に適用可能な関係反応(英語:arbitrarily applicable relational responding、略名:AARR)とは、人間の言語や認知、行動の中核になっている本質的なものを表す「関係フレーム理論(RFT) 」における概念です。
「恣意的に適用可能な」という言葉は、人間の社会を運営していく上で決めた決まり事と言うことができます。
さてこの「恣意的に適用可能な関係反応(AARR)」で重要な点は、私たちは思いつきで、勝手気ままに関係性を見い出して、関連付けるという根源的な特性を表しているということです。
そしてそれは自分たちのニーズや目的によって紡がれていきます。(おそらく好みや癖などの影響もあるでしょう)
複数の被験者に「あなたのこと嫌い」と言われる経験をする実験をしたとします。
ある人は、「なぜですか?」と聞き返し、その真意を聞くことができました。
ある人は、「そうなんですか」と反応し、嫌な思いをしたものの「まあいいか」とあまり関係づけずに終わりました。
ある人は、「何か自分が悪いことをしたのかなあ?」と疑念を持ちますが見当がつかないため、嫌いと言ってきた人の過去の評価を無意識的に思い出すと、人に嫌味を言う嫌われ者だったと再認識し、そこに強く関係づけてその人の責任にしました。
ある人は、「ショックだ、やはり自分は嫌われているんだ。他の人も自分を嫌いなんじゃないか?やっぱりそうじゃないか」と思考を繰り返し、自分の責任に強く関係づけて落ち込み、ふさぎ込んでしまいました。
さて4つの対応例と関係付けを見てみましたが、一見すると理論的であるようにも感じますが、事実は「あなたのこと嫌い」という言語(文脈)と音声のみです。
また「あなたのこと嫌い」という言語(文脈や音声)に関係づけられている苦痛や受容感、解釈によって反応が変化していることがわかります。
ですので今までに関係付けている自分の思い込みや知識によって思考の進む方向も変化していきやすい傾向があります。
ポジティブな側面で活用できると良いのですが、生物的進化で高度に育んできたこの機能と能力にはネガティブな側面も併せ持ちます。
その言葉とバーチャルな世界がネガティブな関係フレームづけをされていくと現実にはありもしない苦痛をリアルに感じてしまうのです。
傷つき、苦悩し、仕事や学校を休んだり、辞めて安全な場所を確保してもその過去の苦悩が永遠のようにつきまとう経験をしたことがある方は非常にわかりやすいと思います。
また受けた被害をさらに拡大してしまい、何度も自分を頭(心)のなかで傷つけるといった経験をしたことがある方も多いのではないでしょうか。
私たちは高度な進化の過程で副作用をもたらす諸刃の剣のような機能も持ってしまったということです。
まだ経験していないことまで学び、予測できるがゆえに必要以上に臆病になったり、逃避や回避をしてしまうジレンマも抱えやすくなってしまいます。
ACT(アクト)ではこのような関係フレーム理論(RFT)を基礎およびベースとして考えており、少しわかりやすく説明しないと理解が難しいこともあり、長々と解説していきました。
ただもっと詳しく書いてある記事がありますので、興味があれば「関係フレーム理論(RFT)」と「関係フレームづけ」をお読みください。
次にACT(アクト)で考える4つの問題「FEAR」について説明していきます。
「FEAR」と6つの問題
心理的柔軟性を低下させる問題の多くは「FEAR」によるものであるとACTでは考えます。
①「F(Fusion with your thoughts)」思考とフュージョンしている
②「E(Evaluation of experience)」経験の評価
③「A(Avoidance of your experience)」体験の回避
④「R(Reason-giving for your behavior)行動に理由づける
の4つの問題があります。
①のフュージョンという言葉は、日本語にすると「融合」という意味ですが、関係フレームづけによってさまざまな記憶や思考、思い込みなどが融合してあたかもそれが真実のように意識してしまった状態を表します。
特に事実以上のネガティブな関係づけが行われている場合、その苦痛は強くなり、心理的柔軟性は低下してしまいます。
②の「経験の評価」では、目標が大きすぎたり、完璧主義にあるような過剰な期待を行ってしまうことです。
③の「体験の回避」は、強い不快感や恐怖、不安を感じる対象や場所を回避することで短期的には成功しても長期的には身動きがとれなくなり、心の問題をより大きなものにしてしまう可能性があります。
④の「行動に理由づける」は自分自身が持っている価値感と乖離(離れる)ことによってやる気が出なくなったり、諦めやすくなってしまいます。
また自分の価値観が見えていない状態も含みます。
これら4つ以外にも
⑤自己概念の囚われ
⑥継続的な行動の欠如
を合わせた6つの問題領域について着目することもあります。
⑤の「自己概念の囚われ」では、自分への勝手なセルフイメージや肩書きなどに囚われて問題が起きてしまうことです。
⑥の「継続的な行動の欠如」では、持続的な行動が行われていないがために問題が起きてしまいます。
努力不足であったり、うつろいやすさ、衝動性、忍耐力(我慢)の不足、回避や逃避などによって起きやすくなります。
次にアクトの6つの基本行動原則であるコア・プロセスを紹介していきます。
6つの「コア・プロセス」
ACTには6つのコア・プロセスがあり、それぞれのプロセスは分離したものではなく、すべてのプロセスが関係し、相互に影響し合っています。
そしてそれらによってACTで重要視している「心理的柔軟性」を獲得することができるとしています。
6つのコア・プロセスとは、
①「アクセプタンス(受容)」体験をあるがまま受け入れる
②「脱フュージョン」思考は真実とは限らないために不適切な関係づけを切り離す
③「今この瞬間に接続する」過去や未来ではなく目の前の現実に目を向ける
④「文脈としての自己」セルフイメージに囚われず、少し離れたところから自分を観察する
⑤「価値づけられた方向を定義」自分の人生で大切にしたいものを選択する
⑥「コミットされた行為」具体的なアクションを拡大させる
の6つで構成されています。
アクセプタンス(受容と拡張)
私たちは先に説明しましたように恣意的に適用可能な関係反応(AARR)などを含む「関係フレームづけ」によって起こった出来事にさまざまな関連を見出し、あらぬ方向へ向かったり、複雑な関係づけを行ってしまいます。
そうやって関係付けているものでもACTでは、あるがまま受け入れ、「受容」していきます。
治そうとしなくていいですし、改善しようとしなくてもいいのです。
それは「コントロールをしなくても(できなくても)良い」という表現が適切かもしれません。
アクセプタンスという言葉は直訳すると「受容」になりますが、「拡張」と言ったほうがACTのアクセプタンスを表す日本語として的確です。
その思考や感情、イメージなども含めて自分の中を拡張させてスペースを作り、受け入れ、包んでいくようなイメージです。
自分の気持ちを観察しながらネガティブな感情には深呼吸で息を吹き込むイメージをしたり、その存在を許す姿勢を保ちます。
脱フュージョン
ある出来事にありもしないイメージや極端な発想、思い込みを結びつけてしまい、あたかもそれが真実のように感じ、巻き込まれてしまう「フュージョン」の状態を脱する方法が「脱フュージョン」です。
それは「関係フレームづけのせいで起きているのだ」「ただの人間の勝手気ままな知的能力のせいだ」「ただの思考だ」といった捉え方ができます。
また苦痛や苦悩はそれ自体であって、「私」と関係付ける必要もありません。
ですので問題や悩みと自分を同一化させないようにしていきます。
そして「私は○○と考えた」というように少し距離をとって実況する技法も用いられます。
今この瞬間に接続する
関係フレーム理論の内容からわかるように私たちの意識は思考を行うことができ、今目の前にある現実にフォーカスをしている時もあれば、自分のこころや過去、未来に意識を向けていることもあります。
私たちは「彷徨える(さまよえる)」機能を持っているということです。
そのため「今この瞬間」に意識をしっかりおくことが大切です。
マインドフルネスのようにあるがままを受け入れ、受容し、今この瞬間に接続していきます。
考えながら作業や勉強、仕事を行うと失敗が増えたり、能率が落ちやすいものです。
今この瞬間に接続することで自分の持っている本来のパフォーマンスを発揮しやすくなります。
またこのような長期的なトレーニングによって今にフォーカスする力を養うことができ、脳神経系からするとその機能を使いやすくなるという効用が含まれます。
文脈としての自己
ACTでは、
①概念としての自己(固定観念や自分への思い込み)
②プロセスとしての自己(時間とともに刻々と変化する)
③文脈としての自己(観察と超越)
の3つの自己を規定しています。
①「概念としての自己」では、嫌悪的(ネガティブな)固定観念やセルフイメージは精神的苦痛を生みます。
またそれらは関係フレームづけによって双方向に強固な関係を結び、ネガティブなパーソナリティを派生させてしまう危険性も持ちます。
②「プロセスとしての自己」では、今この瞬間が刻々と変化しているなかで受け流していく行動プロセスを促進させていく自己ということです。(新たな自己体験)
③「文脈としての自己」とは、②のプロセスとしての自己を成長させて自分のことを「私的な現象が起こる場」と捉えます。
メタ認知と似ている考え方ではありますが、「文脈(言葉の文章)」として体験することが特徴的です。
既存の自分と距離をとって自己を観察する、文脈として捉えるという観点や経験は経験したことがない方にとっては非常に面白い体験かもしれません。
簡単なようで難しいですが、やっていくと慣れていくところもあります。
このようなことから「観察者としての自己」「超越した自己」という呼び名もつけられています。
苦悩から距離が取れて苦痛が軽減したり、「ただの思考で苦しんでいたんだな」と俯瞰で思えたりしてくるのも特徴的です。
認知行動療法がここまで効果的で有用になったのは、クライエントの「セルフ・モニタリング」による効果とその能力を育むからだとも言われています。
自分を観察する視点を獲得することは私たちが思っている以上に有益なのです。
それほどに私たちは彷徨い、関係付けによってありもしない苦しみを感じやすいのです。
価値づけられた方向を定義
私たちは問題や悩みに対峙するとその解消のために多くの時間を使ってしまいがちです。
その原因を明らかにして解決・解消ができればいいのですが、その苦痛や解消されない問題とともに進みながら現実に接続し、生きていくことでより良く人生を生きることもできます。
またその方策によって問題や悩みが自然と解決したり、いつの間にか「忘れていた」ということもあります。
ACTでは「より良く自分の人生を生きる」という点を重視していますので、自分の価値感を再認識することも重要視しています。
- 自分はどのような人間になりたいか?
- 何を大切にしているか?
- どのような人生をおくりたいのか?
- 問題解消に使っていた時間を何に使いたいのか?
- 本当に問題や悩みを解決したいのが私の人生か?
といったところを今一度問い直すことによって、いままで問題や悩みばかりフォーカスしていた自分の人生をより大きな視点で捉え直すことに役立ちます。
ここで重要になるのが目標やゴール地点などの価値を決めるという「点」を決めるということよりも自分が今後生きていきたい価値の方向性を明確にすることです。
結果ばかりではなく、プロセスも大切でしょうし、精神的な気持ちや気分だけでなく、どのような価値のある行動を行うのか、といった内容も含むように決定していきます。
コミットされた行為
価値づけられた方向が定義されたら自分の価値観や目標に沿った行動をしていくことを自分自身と約束(コミットメント)していきます。
そして繰り返し行動していく中で行動パターンをできる限り拡大するように行っていきます。
注意する点として抽象的な目標や行動を計画するよりも「具体的な目標と行動」を設定して、実行することです。
ACTでこれまでに行って獲得した「心の柔軟性(心理的柔軟性)」 がここに活きてきます。
以下は英語版ですが、スティーブン・ヘイズ氏のTEDスピーチです。
おわりに
ここまでACTについて説明してきましたが、いかがでしたでしょうか?
関係フレーム理論の説明も長くなりましたが、ACTを理解する上で欠かせない重要な理論です。
マインドフルネス療法や認知行動療法、スキーマ療法などと類似している点も多くありますが、この心理技法のポイントは「心理的柔軟性」でした。
心理的柔軟性を得ることは問題や悩みの軽減、解決に役立つだけでなく、自分の人生を自分の価値に沿った実現に貢献してくれるものです。
いつの間にか凝り固まってた思考や視点を柔らかく広げてくれるこの技法も多くの人にとって役に立つものだと思います。
最後までお読みいただきありがとうございます。
記事監修
公認心理師 白石
「皆様のお役に立ちますように」