「助けて欲しい」と思うことがあっても誰に相談すればいいかわからない、どうすればいいかわからない、助けてくれないと思って身動きがとれない、どうせ助けてくれないだろうと思う、など助けてもらうことにつながらないことがあります。

そういった状況にどうすればいいのか?を説明しながら、どういう時にカウンセリングへ相談すればいいのか?などについても考察していきます。

緊急事態の時


緊急事態で切迫した状況では、カウンセリングなどを行うことよりも以下の機関にすぐさま連絡することが大切です。

○警察・・・110
○海上保安庁・・・118
○消防機関・・・119

自殺の危険性が高い場合は、「いのちの電話」0570-783-556(ナビダイヤル)や自殺総合対策センター(ホームページはこちら)へ

いじめなどの24時間悩み相談は(TEL:0120-0-78310)へ

児童虐待・子育ての相談はTEL:189へ

連絡してください。

他にも公的な無料相談が受けられ、サポートが得られる相談窓口は「困ったときの公的な相談先」をご覧下さい。

さまざまなシチュエーションで起こる「助けて欲しい時」


自分が「助けてほしい」と思う気持ちがそこまで強くない場合や一時的であればまだいいのですが、「助けて欲しい」気持ちが非常に強かったり、慢性的になっている場合はただちに何かしらの対処や対策を考えなければなりません。

それでも「自分の力で乗り越える」という信念は素晴らしいものですが、人の力を借りることも素晴らしいことです。

日本の文化的背景では、迷惑をかけることへの非常に強い抵抗と恥じらいがあるため、「助けてもらうこと」への抵抗や恥じらいに繋がってしまっていることも多くあります

そのような文化やモラルは過去では「美しい美徳」として大切にされてきていますが、現代ではかえって問題を大きくしてしまうことがあります。

相談やサポートを得る方が得策な場合でも「迷惑をかけてはダメ」だと、一人こころのなかで苦悩し、我慢し、限界が来て、病気になったり、自殺に追い込まれることもあるということです。

わたしたちは個人として存在していても個人一人でのみで生活はできません。絶えず誰か他者との関係で存在しています。ですので個人といっても社会的個人といったほうが意味が近いかもしれません。

社会的個人は、社会へ貢献し、社会からサポートや援助を受けるべき権利を持っています。

家族や周囲がサポートできない状況であれば、国や地域、関係機関、相談室などさまざまな相談先へ相談する権利があります。

サポートや支援を受けることに恥らいを持つ日本人ですが、最新の研究では「人の助けを借りられる人」ほどストレス対処能力が高いということが明らかになっています。

もちろん自分で乗り越える自立心や主体性は大切ですが、他の力を借りる、協力する力も同様に大切であることがわかってきたということです。

「助けて欲しい」と思うときにはどのような状況があるか?をできる限り上げていきたいと思います。

・ストレスが溜まって限界というとき
・思い取りいかなくても「もう無理だ」と感じるとき
・これ以上生きても「もう意味がない」と感じるとき
・助けて欲しくてもだれも助けてくれないとき
・助けて欲しくても家族や周囲がサポートや援助してくれないとき
・旦那(奥さん)のストレスでもう限界というとき
・子供や親のストレスでもう限界というとき
・慢性の痛みや症状でもう限界というとき
・仕事のストレスでもう限界というとき
・いじめで辛い毎日をおくっているとき
・虐待で辛い毎日をおくっているとき
・職場の人間関係でもう限界というとき
・誰かに話したいのに話せないとき
・誰かに話したくても話せる人がいないとき
・介護でもう限界というとき
・学校のストレスでもう限界というとき
・部活やサークルのストレスでもう限界というとき
・対人恐怖や適応障害でもう限界のとき
・未来に希望が持てないとき
・未来に絶望感を感じるとき
・自分では自分を保てなくなったとき
・ショックな出来事が重なったとき
・精神疾患で慢性的に苦しむとき
・別れや裏切りを経験したとき
・自分だけでは対処できない事態になったとき
・お金の大きな問題がおきたとき
・大きな失敗が起きたとき
・人間関係で大きな苦痛や問題に対処しないといけないとき
・どう治せばいいか、改善すればいいかわからないとき

など人によってさまざまなストレスや問題などの蓄積により「助けて欲しい」という思いがでてくるようになります。

それは多くの場合、自分のキャパシティーに限界性を感じること自分だけの対処だけではどうにもならないときによく起こります。

「助けて欲しい」と自分のこころで感じられる場合はいいのですが、「助けて欲しい」という純粋な気持ちを押し殺して、無かったかのように抑圧や抑制を行っている場合、なかなかその気持ちに気づけなかったり、いつの間にか多くの蓄積をしている場合があります。

自分ではそんなに助けて欲しいと思っていなくても、カウンセリングを行っていくと「助けて欲しかったんだ」という思いが出てくることも少なくありません。

この思いは、文化背景的には恥らいを感じるかもしれませんが、人間として「正常な純粋な想い」です。

何も悪いものではありませんし、とても人間らしくて「誰でもそのような状況になれば出るもの」として認識してもいいのではないかと思います。

助けて欲しいと思う自分を許せない


「助けて欲しい」と思ってしまう自分を許せないという方がいます。

「そんな恥ずかしい、弱い自分は許せない」とおっしゃる方がいます。

確かにそのような気持ちがあって「強くあろう」と頑張ることができますので何も悪くはありませんが、「助けて欲しい」という純粋な気持ちや援助やサポートを得る機会を無くしてしまうことは、当人にとって人生の歩みを難しくしてしまうことがあります。

年をとれば取るほど、なかなかできないことが増えるものです。

人に援助してもらい、助けてもらい「感謝」することは年齢とともに大切な考え方なのかもしれません。

しかしその方の大切な信念でもあるためそのように考えることは簡単ではないことも多いものです。

カウンセリングなどで地道に向き合っていくと、意外とそんなに悪い世界ではないことも理解できるようになります。

どうせ助けてくれない


なかなか理解されなかったり、一人孤独に戦ってきた方は「どうせ助けてくれない」と思ってしまうことが多いかもしれません。

確かに助けてくれる人がいなかったり、理解がなされなかったりしてきているので、そのような思いがでるのも当たり前かもしれません。

しかし、世の中捨てたものでもないこともあります。

ぜひそのような場合、当カウンセリングに連絡をしてみてください。

「どうせ助けてくれない」という視点で人を観察していると、どうしてもそのような情景を脳がピックアップしやすくなり、「やっぱりそうだ」となってしまう機会が増えて、その思いを強くしてしまいます。

自分で乗り越えなきゃいけないんじゃないか?


「自分で乗り越えること」と「人に助けてもらうこと」の線引きを適切に引くことは実際、非常に難しいものです。

自分で乗り越えることはとても大切です、人の力を借りることも大切です。

どちらも欠く事はできません。

このように書くと「え?」となることがあります。

「人の力を借りてもいいんだっけ?」という思いが出たりします。

子供の頃の教育では自立心を育てるために「自分で乗り越える大切さ」を多く学んでいることが多いものです。

しかし人の力を借りる大切さを学ぶことは、近年では少しずつそのような教育も増えてきているかもしれませんが、昔に遡れば遡るほどあまりありません。

特に人の力を借りることが少ない人ほど「人の力を借りる」力を育てていくことが必要かもしれません。

「人の力を借りる力」と一言で言っても、実はさまざまな難しさを含んでいます。

人の力を借りても罪悪感と早くやめなければと焦ってしまうことも多く、気持ちよくサポートや援助を受けることができないこともあります。

「ありがとう」「助かります」と気持ちよく人の力を借りるには少し慣れも必要かもしれません。

甘えちゃダメだ


助けてもらうこと「人に甘えること」であって、なってはならいと考える方もいらっしゃいます。

確かに自分で乗り越えられることを助けてもらうことは「甘え」になるかもしれませんが、自分で乗り越えることが困難な場合も「甘え」になるのかどうかを一考する必要があるかもしれません。

「協力して生きていくこと」と「甘え」の境界線を改めて考えてみることも大切かもしれません。

こんなことで助けてもらうなんて


「こんなことで助けてもらうなんて」という思いが出ることもあります。

恥じらいであったり、罪悪感が出たりすることもあります。

人によって助けて欲しいことが異なります。

人によって弱いところと強いところが異なるように、助けて欲しいことと助けて欲しくないことも同様に異なります。

ですので一概に比較できないのが特徴的です。

自分としては「助けて欲しい」ことでも人によっては「そんなことで?」と思われる可能性があるということです。

しかし本人にとって助けて欲しいことなのであまり比較したり、気にされないほうが得策です。

絶望感に惑わされないで


精神的ショックな出来事が重なったりすると人間は「絶望感」に苛まれてしまうことがあります。

その時期は未来に希望を感じることができず、自分が頑張れるという自信もない状態ですので八方塞がりに感じてしまいます。

この時期に「絶望感」を感じ、やってはいけないことを行ってしまうことがあります。

この時期が終われば自信も回復し、未来に希望を感じられるようになりますが、この時期はなかなか希望や自信をもとうとしてもなかなか難しいものです。

ゆっくり時間をかけて回復するような特性もあるため「絶望感」を感じる期間も長くなりますが、暗いトンネルは適切に対処していけば抜けることができます。

どうかこの時期の「絶望感」にのめり込んだり、惑わされないように注意していくことが大切です。

この時期は、人あたたかさやサポートをしっかり受けてください。それは後で素晴らしい体験だったと思えるはずです。

学習性無力感


学習性無力感(英語:Learned helplessness)とは、ポジティブ心理学で有名なマーティン・セリグマンが提唱した概念で、努力を重ねても望む結果が得られない経験が続くと「何をしても無駄だ」と認知するようになり、不快な状態を乗り越えようとしたり、脱する努力を諦めてしまうことを指します。

学習性無力感は、乗り越えよう、戦おうという方向に行かないばかりか、逃げたり回避しようとすることすらできなくなることもあります。

繰り返し失敗してしまうことによって「もう無理だ」と諦めた経験はないでしょうか?

だれでも軽いものであれば経験したことがあると思います。

自分が苦手だと思う領域の中には、このような失敗の繰り替えしと学習性無力感によって形成されたものも多くあるかもしれません。

重いものになるとやる気が出なくなり、無気力状態になってしまいます。

監禁、虐待、暴力、人格否定、いじめ、モラルハラスメント、自分の価値や尊厳が踏みにじられる経験によって大きな精神的ストレスとなり、学習性無力感に悩まされてしまいますが、繰り返し小さな挫折や失敗を繰り返しや積み重ねによっても発現します。

学習性無力感は、不快な感覚である嫌悪刺激の量に左右されるというより、コントロール不可能な体験によって学習性無力感は大きな影響を受けるとされています。

助けて欲しくても「どうせ助けてくれる人なんていない」と思ってしまうのもこの学習性無力感を感じているからかもしれません。

学習性無力感を感じるとき、カウンセリングなどで地道に自分と向き合っていくことでその状況を乗り越えていくことができます。

焦らず一歩一歩大切に歩むことが大切です。

カウンセリングの有用性


カウンセリングでは、相談される方(以下クライエント)にとって最適な相談の形をとることができます。

人のあたたかさや共感が大切な場合もあれば、アドバイスが必要な場合もあれば、クライエントの主体的なペースや気づきが大切な場合もあれば、周囲の協力が必要な場合もあれば、各種機関との連携が必要な場合もあります。

その状況に応じて適切にカウンセリングを行ったり、同意を得た上でクライエントの周囲の方々に働きかけたり、最適な相談先へ紹介する「リファー」などを行うことができます。

助けて欲しい内容や状態に応じて最適な相談や援助がされるように専門的に修練されたカウンセラーは働きかけます。(カウンセラーによっては異なることもあります)

公的な相談先へ相談したい場合は、さまざまな関係各所のリンクや連絡先を記したページ「困ったときの公的な相談先」をご覧下さい。

まずはご連絡いただき、あなたにとって最適な相談がされるように10分無料相談をまずはお使いください。

カウンセリングしらいし

全国どこからでも専門的なカウンセリングと心理療法を受けることができます。

一度限りですが「10分無料電話相談」ができます。ミスマッチの回避や自分に合う相談先かどうかを判断することなどにお使いください。(メールではなく直接お電話ください)

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