「遂行機能(実行機能)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
私たちが生きるにあたって大切な働きである「遂行機能(実行機能)」にスポットを当てて書いていきたいと思います。
もくじ
「遂行機能(実行機能)」とは何か?
- 指示されないと行動できない
- 時間や期日が守れない
- 忘れ物が多い
- 同じ失敗を繰り返してしまう
- 注意してもなかなか変わらない
- 衝動的な行動が多い
- 行動や感情のコントロールが難しい
- あとのことを考えて行動できない
- 複数の作業ができない
こういった行動の多くは、「遂行機能(すいこうきのう)」と呼ばれる脳の働きの弱さが原因となって起きることがあります。
一見するとその人の性格や心的な努力不足のように思われてきたものですが、遂行機能の問題で起きている場合、その人の性格や意思の弱さだけの問題でもなく、親の育て方だけが悪いわけでもありません。
遂行機能は「実行機能(じっこうきのう)」とも呼ばれ(英語:Executive function)、私たちは歯磨きや服の着替え、ごはんを食べるなど、時間内にどれくらいで、どのような行動を行うかを考えて行動を行っています。
ほぼ無意識的に動くこの遂行機能がうまく働かないと日常生活でいろいろな困難さを抱えてしまいます。
社会やルールなどはこの遂行機能が成り立つ前提でできていることが多いからです。
自分の感情や行動を制御して、未来を考えて適応的な行動をとることが求められます。
この遂行機能は、脳の病気や事故などの外傷、酸欠、感染症などで問題になることも多いですが、発達障害の影響によって問題を抱えているケースも非常に多いと言われています。
脳の前頭葉と遂行機能
この遂行機能が大きくかかわる脳の場所は、前頭葉です。
前頭葉は脳の各部位と繋がっており、必要に応じて調整機能の役割を果たします。
前頭葉は、
○達成感などの気持ちや感情がわく
○怒り等の感情の抑制
○時系列で考える
○過去から学び、未来を予測する
等の働きを持ちます。
遂行機能の発達に問題があると、何を持っていくべきかわからない、ということが起きます。
これは時系列で未来を推測することの難しさから生まれます。
また遅刻や忘れ物をしてもそのあと何が起きるか想像がつきにくくなります。
そして少し注意しただけでも感情がコントロールできなかったり、達成感を感じにくかったりすることも前頭葉の問題から起きてしまうことがあります。
自分の気持ちがコントロールできず、癇癪が多いのもこういったところの影響があります。
何度ミスしても同じことをしてしまうのはこの「遂行機能の問題」を抱えているかもしれません。
過去から学ぶことが難しく、未来予測もうまくできない影響もあるかもしれません。
遂行機能の発達
遂行機能の発達の多くは、自然に学んで発達する過程を取りますが、障害や特性により発達が遅れる場合があります。
ASDやADHDのある人は遂行機能の働きが低い場合が少なくありません。
この遂行機能は学童前期から20代後半くらいまでに発達するといわれています。
小さいときに遂行機能に問題を抱えていても学習やトレーニング、環境などによって発達が進む場合もあります。
うまく遂行機能が発達していないお子様の多くは「今感じている世界」に生きています。
そのため過去のことと紐づけたり、このあと何が起こるかの推測が難しくなってしまいます。
このような状況の為、人によっては漠然とした「不安」を抱えて、安心できない状況のお子様もいます。(その不安を解消するために常動行動を起こしたりすることもあります)
同じ失敗で叱責されたり、怒られることによって自信を失ったり、自尊感情が低くなることで2次障害をもたらすことがあります。
発達によっては大人になっても考える世界を自分の中に持つことが難しい場合もあります。
遂行機能の6つの要素
遂行機能には大きく分けると6つの要素があります。
①取りかかり(課題を整理して優先順位をつけて計画的にとりかかる)
②焦点化(注意を払って行動する)
③努力(課題を達成するために粘り強く努力を続ける)
④感情調整(欲求や感情をコントロールする)
⑤記憶(必要に応じてワーキングメモリ―を活用できる)
⑥客観視
これら6つが協働して遂行機能は成り立ちます。
社会に適応するためには必要な人間の機能ですが、遂行機能の発達に問題があるとなかなかうまく発揮することができなくなってしまいます。
またこれらに加えて柔軟性や計画性、組織化なども遂行機能が影響を与えているといわれています。
児童期の問題別に「遂行機能」を考える
児童期に遂行機能の問題を抱えるお子様は「今感じる世界観」が強くなっているかもしれません。
行動を行う前に考えるといった「思考」が入りにくくなります。
感情がなかなかうまく扱えなかったりもします。
ですので行動の制御やコントロールも難しくなります。
療育などを利用して早いうちから楽しくトレーニングを行うことで発達が促されていきます。
「今感じる世界観」に「考えて生きる世界」が徐々に加わっていき、行動や感情の制御が上達していきます。
①なかなか活動に取りかかれない
未来を予測できなかったり、出来上がりを意識できない、今の自分の興味にとらわれてしまうことからなかなかやるべきことに取りかかれないことがあります。
残り時間をわかりやすくしたり、予告をして理解を促したり、一緒に行動をして見本を見せてあげたりできるといいですね。
視覚的にわかりやすいカードなども使ったり、一緒に優先順位を決めるサポートをおこなったりするといいでしょう。
「最初に~やって、そのあと~やって」といった2重3重指示を行うと難しい場合は、1つ1つ指示を区切って伝えていくことも大事です。
とりかかってもなかなか終わらない時は、集中することが難しかったり、興味の方向性が異なっていたりします。
また自分の世界観に逃避してしまったり、客観視や未来予測が難しくて「できていないことに気づいていない」こともあります。
難しい場合は、課題を変更したり、細分化と言って細かく分け足り、時間で区切ったりする方法があります。
方法がわからない場合は手順をイラストなど分かりやすい形で提示するといいでしょう。
②「時間通り行動できない場合」
時間通り行動できないのは、過去の経験を活かせていなかったり、時間配分や未来予測に難しさを感じている場合が多くあります。また自分の能力と実行予測がたてられないことも要因があります。
時間通り行うためには一緒に同じように行動してモデルを示すといいでしょう。これくらいのスピードでやればいいのかと感覚的理解を促していきます
少しずつ自分一人でできるように促していきます。褒めながら「ひとりでできたね」とねぎらってあげてください。
一日の行動予定表をつくるのもいいでしょう。
動きが見えることで行動しやすくなっていきます。
③「何でもすぐに忘れてしまう」という問題
ワーキングメモリーが弱い、自分のやりたいことへの固執が強い、未来予測ができないなどの理由で起きる場合があります。
忘れないように文章やイラストでリスト化していくのもいいでしょう。
ワーキングメモリーを鍛えるトレーニングなど楽しく行えるといいですね。
ワーキングメモリー(以下WM)も視覚系は強くても聴覚系が弱いお子様も多くいます。(逆もあります)
どのWMが弱いかを理解することがまずは大事になります。
④片付けが上手くできず、物が散乱する
カテゴリー化が苦手であったり、散らかっていることが気にならない、未来予測ができない、自分の興味に固執しているなどの影響が考えられます。
カテゴリーがわからない場合は、シールを貼ってわかりやすくするといいでしょう。
周囲を見回すことや綺麗になった爽快感を味わうことも大切です。
片付け競争などゲーム形式にすると燃えて、楽しく行うきっかけになる場合もあります。
⑤臨機応変に対応できない
慣れた行動はできるが、イレギュラーな出来事に対応できないお子様もいます。自分以外の立場に立てなかったり、やり方の固執があったり、ルールや変化に共感できない等の理由があります。
こういった変化があることを理解していくことがいいでしょう。こういうときは〇〇、こういうときは〇〇といった具合にルートができれば対応しやすくなります。
そのルートづくりができるように練習を繰り返していくことが大切です。
⑥感情がコントロールできない
感情的な時は考えることができません。自分のことが客観視しにくかったり、脳の特性上、衝動性を制御することが難しかったりします。
望ましい行動を学び、一緒に練習していきましょう。
思考ができる安全で健全な状態の時にSST課題などで理解を促します。
自己観察を促す。あらかじめ約束をしていくのもいいでしょう。
大人に対する遂行機能の問題
大人の場合の遂行機能の問題は、
- 事故などの外傷
- 脳の病気などによる後遺症
- 感染症
- 脳の酸欠
による影響で問題が起きる場合があります。
多くは病院などでリハビリテーションを行うと思います。
それ以外の原因として発達障害や境界知能、軽度知的障害などの影響で遂行機能の発達に問題が起きているのにそれに気づかない場合があります。
今でこそ発達の問題はクローズアップされましたが、ある程度の知的障害がなければ、普通級で一緒の教育と一緒の課題を求められる時代も当たり前のようにありました。
そのため自分の発達の特性を知らずに、努力不足として、自分を責めて、二次障害が起きて、生きづらさを強めてしまっている方もいます。
そういった場合にまずは「知ること」「気づくこと」が大切になります。
そのためにもこの記事を書こうと思った次第です。
自分の特性を知ってその特性を利用したり、トレーニングによって鍛えたり、周囲の理解を促したり、支援のサポート受けるなど、より深い理解のもとに生きていけるといいですね。
脳は長期的な繰り返しのトレーニングで学習し、神経系のネットワーク構造が変化し、行動が変化する脳の可塑性を持っています。
脳の神経可塑性
神経可塑性(英語:synaptic plasticity)とは、外界から入ってきた刺激に対して神経系が構造的・機能的に変化する性質です。
活動や心的経験に応じて、脳が自らの構造や機能を変える性質があるということです。
神経可塑性の原理は、同時に発火するニューロンがお互いの結束を強める経験の繰り返しによって処理するニューロン間の結合を強化し、ニューロンの構造的変化をもたらします。
逆に長い間経験を中断すると対応する結合は弱まり次第に消失へ向かっていきます。
ようするに「よく使用する神経は強化され、使わない神経は弱化」する特性があります。
神経の損傷が行われた場合もそれを代償するように脳や神経における可塑的な変化があります。「傷ついた神経回路は修復されない」「神経は新しく新生されない」と信じられていましたが、最新の研究では、神経回路は修復され、新しい神経細胞も生まれることがわかってきました。
上記のように神経ネットワークの再編や新生には時間がかかります。
長期的なトレーニングによって遂行機能が改善していく可能性があります。
大人になっても脳は学習によって学び、変化していくことがわかっています。
習慣的な遂行機能の活用によって定着できるものがあるということです。
皆様にとって少しでもお役に立てたら幸いです。
記事監修
公認心理師 白石
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